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まだ見ぬ娯楽

人は、自分の関心のないものにはまったく気づかない、というお話。

2月11日(土)

この日は宮崎に行くことになっていて、ずいぶん前に、インターネットの旅行サイトを通じて、宮崎市内のホテルを探すことにした。

ところが、である。

なぜか、この日に宿泊できる宮崎市内のホテルが、1軒もないのである。すでにどのホテルも満室、というわけである。

別の旅行サイトで調べてみても、同じであった。

少し周辺に広げてみても、なかなか見つからない。

あまりの見つからなさに腹が立ち、いっそのこと、高千穂にしてしまえ、と、高千穂に宿を取ることにした。

高千穂は、同じ宮崎県の中でも、秘境と呼ばれる場所である。さすがにここは空いていて、無事に予約することができた。

翌日の日曜日も宮崎でもう一泊する予定だったので、今度は12日(日)のホテルを調べてみると、宮崎市内のホテルは、どこも空室がある。つまり、混んでいるのは11日(土)だけなのだ。

いったいどういうことだろう?この日に限って、なぜ宮崎のホテルは満室なのか?

祝日が祝日だけに、しかも場所が宮崎ということで、その手のお祭りがあるのだろうか?と勘ぐってみたが、どうもそういうわけではないらしい。

そして11日(土)当日。

宮崎空港に到着するや、すぐにレンタカーを借りて、高千穂に向けて出発する。

カーナビの案内音声を聞いて驚いた。

「所要時間は、4時間30分です」

よ、よ、4時間30分????同じ宮崎県内だぞ!

同じ県内だからといって、高千穂をなめてかかっていたのである。

あとで地元の知り合いに聞いた話だが、こんな「宮崎あるある」があるという。

「最近、企業や役所の財政が厳しくて、宮崎市内から高千穂まで日帰り出張をしろと言われるらしい」

「ええぇぇぇ!!そんなの無理じゃん!日帰り出張だったら、むこうで1時間くらいしか仕事できないよ」

つまりそれだけ、同じ県内でも高千穂は秘境だということなのだ。

結果的に、高千穂の秘境は楽しめたし、今回のミッションも達成できたので、悪い話ではなかったのだが。

さて2日目。今度は、宮崎市内のホテルに泊まることができた。

そこで、はじめて気づく。

いまは、プロ野球のキャンプシーズンなのだ!

在京の大手チームが、昔から宮崎をキャンプ地としていることは、有名な話である。

そればかりではない、ほかのプロ野球チームや、さらにはサッカーチームも、宮崎でキャンプをしているというではないか!

昨日の土曜日にホテルが満室だったのは、プロ野球チームやサッカーチームのキャンプを見に、全国から来た人たちが宿泊していたのである!

それを実感したのは、3日目(13日)の朝、宮崎市内のホテルで朝食を食べていたときである。

「朝食無料」が売りのそのホテルは、早朝から、せまい食堂、というかロビーのスペースで、多くの人が朝食をとっていた。

私の隣には、大学生らしい男性。そこに、車いすのおじいさんが、「相席いいですか?」とやってきた。

そこでの会話を聞くとはなしに聞いていると、

「あんた、どっから来たん?」

「滋賀です」

「滋賀かいな。わし大阪や。大学生か?」

「ええ、いま3回生で、この4月から4回生です」

「ほな、就職活動タイヘンやろなあ。キャンプ見に来たん?」

「はい」

「わしもや。わしなんかもう、20年以上も毎年キャンプ見に来とる」

なんと、その車椅子のおじいさんは、20年以上もプロ野球チームのキャンプを見に来ている、というのだ。

そうなのか、と思って、まわりを見渡すと、たぶん私以外のほとんどの人が、キャンプ見学を目的にここに泊まっている人たちであることが、容易にわかったのである。

そのおじいさんも、いつからか足を悪くされたのだろうが、それでもいまだに、大阪から宮崎に、キャンプを見に来ているのだ。

すごい情熱だなあ、と思いながら、車椅子を見て、驚いた。

黒い色の車椅子の部分部分が、オレンジ色に塗られているではないか。

黒にオレンジ…。

在京の大手チームの色ではないか!

なんとその大阪から来たおじいさんは、「在京の大手チーム」のファンなのである。「黒と黄色の縦じまのチーム」ではなく、である。

野球チーム好きが高じて、自分の車椅子をオレンジ色に塗ってしまっているところがすごい。かなりの筋金入りである。

向かいの大学生も大学生だ。大学3年のこの時期っていったら、就職活動まっただ中だろ!宮崎にキャンプを見に来ていて、大丈夫なのか???

私は、プロ野球にもサッカーにも、まったく関心がないのでわからないのだが、キャンプを見に行くって、そんなに面白いことなのか?

そういえば、私と同世代のラジオDJも、野球が好きで、毎年沖縄にプロ野球チームのキャンプを見に行くと言っていた。

これだけ多くの人びとを虜にするプロ野球のキャンプ見学には、何かたまらない快楽があるに違いない。いったいどのような快楽なのだろう?

なぜ、人はキャンプに取り憑かれるのか?

このことを妻に話すと、

「たぶん、あれじゃない?競馬で、レースの前に馬を見たりするでしょう」

「パドック?」

「そうそう、それ」

「そうかあ?」そのたとえも、競馬を知らない私には実感がわかない。

いずれにしても、私にとっては未知の娯楽である。私の知らないところで、そんなに楽しいことが行われているなんて、なんか悔しい。

いつか、プロ野球のキャンプを見に行ってやるぞ!

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