渡良瀬橋
風邪をひいて、思い出したことがあった。
いまから12,3年ほど前、週に1度、東京から特急で片道2時間ほどかかる、北関東にある大学に、非常勤講師として1年間通っていた。
北千住から私鉄の特急に乗り、2時間ほどかけて通勤する。大学では3コマほど授業をして、夕方、また特急に乗って東京に戻る、という生活である。
途中、特急は、ある駅に停車する。
その駅のすぐ近くには、渡良瀬川という川が流れていて、特急がその駅に停車するたびに、私はその川を窓越しに眺めていた。
特急がその駅を出発して、ゆっくりと進みはじめると、やがて川に架かる橋が見えてくる。
何度かその光景をぼんやりと眺めているうちに、気がついた。
(ここがあの「渡良瀬橋」か…)
森高千里が歌った「渡良瀬橋」の舞台となった場所である。
私は森高千里のファンだったわけではないが、私と同じ年の生まれということで、無条件に応援することにしていた。
森高千里の作詞のセンスはすばらしく、この「渡良瀬橋」も、彼女の作詞のセンスが遺憾なく発揮されている。語尾が「~わ」で終わる傾向にあるのが、いまの感覚からすると少し面はゆい気もするが、それもまた、彼女らしい言葉の使い方ということなのだろう。
この歌は、東京から私鉄電車で1時間半ほど離れた北関東の小さな町の雰囲気と、そこに住む人びとの思いを、ストレートに伝えている。「遠距離恋愛」とは言えないていどの微妙な距離。だが二人にとっては決して近くはない。なによりその「距離感」に注目したことが、この曲が名曲になった大きな要因のように思う。
「こないだ
渡良瀬川の河原に下りて
ずっと流れ見てたわ
北風がとても冷たくて
風邪をひいちゃいました」
という歌詞が好きで、いつか途中下車をして、渡良瀬川の流れを近くで見てみたい、と思ったものである。
だが1年間その電車に乗り続けたものの、一度も途中下車することはなかった。
この先、あの電車に乗ることもないだろう。渡良瀬川の流れを見る機会は、おとずれるだろうか。
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