それぞれの3月11日
3月11日(日)
午前10時。熱が少し下がったので、会合の会場に向かうことにした。
午前10時から始まった会合に1時間ほど遅れて到着すると、会場には60人ほどの人が集まっていた。その多くは、学生を中心とする若者たちである。あれから1年がたって、60人もの人がこの会合に参加することを、だれが予想していただろう。
この1年間、後方支援、という形で、被災資料のクリーニング作業にかかわってきた。甚大な被害を受けた資料をお預かりして、クリーニングをする、という作業である。今日は、この1年の節目の会合であった。
講義教室のように並んでいる机をあえて使用せず、それらをとりかこむように、車座になって話し合いが行われていた。世話人代表のKさんらしいアイデアである。会場は、「静かな熱気」につつまれていた。
午前の部が終わり、数人で昼食を食べていたとき、水損した本をクリーニングしたあとの保管方法について話題になった。
「洋装の本の場合は、平積みではなく、本箱の中に立てて保管しておくのが本のためにもよいと言われたんですが、それだと、本の中の湿気がなかなか抜けないと思うんです。和装本だと、平積みにして保管しているのでそれほど問題ないんですが」
「本箱にすき間なくならべているのですか?」
「ええ」
「それだとたしかに通気性が悪いですね。ブックスタンドのようなもので、本と本とのあいだにすき間をあけて並べたらどうです?」
「いや、ブックスタンドを使うと、下の部分に凸凹ができてしまうので、本にとってはあまりよくないそうです」
「じゃあ、背表紙の部分を下にして並べたらどうでしょう。そうしたら、いくらかでも通気性がよくなるんじゃありませんか」
昼食の話題にしては、ずいぶんマニアックな話である。
「いま、『水損した図書をどのように保管するか』を昼食の話題にしているのは、世界中でここだけかも知れませんね」世話人代表のKさんが言った。
考えてみれば、この1年、集まればそんな話ばかりをしてきたのだ。
午後も現状と課題についての話し合いが続き、2時46分には黙祷を捧げた。そして4時過ぎ、会合は終了した。
午後5時からは、交流会である。この1年間、頑張ってくれた学生たち、とくにこの3月で卒業する学生たちの労をねぎらう意味で企画された。
駅近くの居酒屋で行われた交流会には40名ほどが参加した。圧巻なのは、県内3大学の学生と教員有志、それに社会人が、一堂に会し、一体となった雰囲気の中で会が進んだことである。こんな草の根的な「連携」ができるのは、たぶん県内ではうちの団体くらいしかないのではないか。それだけは、誰にも負けない、大きな誇りである。
「知ってる顔を見れば、安心するものですよ」とは、世話人代表のKさんの口癖である。知っている人たちがクリーニング作業で顔を合わせ、そこでまた知らない人同士が顔を合わせて、「知っている顔」になる。今日集まった人たちは、そのような人たちばかりである。だから、この場に来ると安心するのだ。
「これまで、人の集まらない企画ばかりやっていましたよねえ」世話人代表のKさんが感慨深げに言う。これまでは、Kさんが提案した草の根的な企画に私が賛同すると、ほとんど人が集まらない、というジンクスがあったが、今回は違った。震災が契機になったというのは、何とも複雑な思いがする。
交流会に参加した人びとは、みんな、いい表情だった。
「2次会に行きましょう」
風邪が治っていないため、1次会を途中で失礼しようと思っていたつもりが、なぜか2次会へ向かう道の先頭を歩いていた。
2次会では、チューハイを飲みながらよもやま話をする。話の内容はもっぱら、これからの活動についてである。卒業生のT君や4年生のT君の語る「これから先の話」が、私にとってはとても心地よいものだった。
「さっき、職場から来たメールを確認したら、明日の朝までに絶対に仕上げなければならない書類ができてしまったんですよ。だから今日は早く帰ります」と言っていた「丘の上の作業場」のリーダー、Yさんは、結局2次会の最後までつきあってくれた。Yさんも、私と同世代の「おっさん」だが、この活動がなければ、お話しする機会もあまりなかっただろう。
この活動を牽引してきたのは、もちろんダブルKさん(ダブル浅野的な意味の)だが、さまざまな技術的な問題は、Yさんがいなければ決して解決しなかった。だから私は、Yさんを、ひそかに「宇宙戦艦ヤマト」に登場する「真田工場長」になぞらえていた。
そうすると、ダブルKさんは、古代進と島大介か?
じゃあ私は…、佐渡酒造あたりだろうか?
…などという妄想をしているうちに、2次会が終了した。
「3次会に行きましょう」
「じゃあ、もう少しだけつきあいますか」
最後は、卒業生のT君、4年生のT君、3年生のAさん、O君、Uさんが残り、場所を移動する。ここでもよもやま話をしているうちに、気がつくと時間は深夜12時をまわっていた。
「いかん!明日は朝から重要な仕事があるんだった!」慌てて帰り支度をする。
「先生、風邪は大丈夫なんですか?」
「不思議なことに、もうなんともないよ」
外は雪がちらついていて寒かったが、体のだるさはすっかりなくなっていた。
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