キョスニムと呼ばないで!御一行様・ふたたび
3月3日(土)
1ヵ月以上前のことだったか、昨年卒業したA君(ラムネ3兄弟の1人)から、メールが来た。
「今年もみんなで、昨年泊まった温泉に行こうと思います。先生もご参加ください」
彼らは昨年の1月、卒業論文を提出した2日後に、打ち上げと称して、日本でも5本の指に入る温泉旅館に宿泊した。そのとき私も、なぜかつきあわされたのである。
今年もまた、そのときのメンバーで同じ旅館に泊まりに行くという。
それにしても、卒業生たちだけで行けばいいものを、なぜ私をさそうのかがわからない。
日程調整の結果、3月3日(土)、4日(日)の一泊二日ということになった。
さて当日。
午後3時過ぎ、リーダーのSさん、ラムネ3兄弟のA君、Kさん、Nさん、しっかり者のSさん、画伯のSさんの6人が職場にあらわれた。遠くからもわかる笑い声は、社会人になっても変わらない。
「学生研究室を見せてください」という。「学生研究室」とは、彼らが卒論を書くのに使っていた部屋で、彼らにとっては「思い出の場所」である。
6人はしばし学生研究室で思い出にひたったあと、私の研究室にやってきた。
「気は済みましたか?」
「ハイ、済みました」
午後4時、いよいよ、温泉旅館に向けて出発である。車で30分ほどで、温泉旅館に到着した。何度も書くが、日本で5本の指に入るといわれる有名旅館である。
旅館の玄関に入ると、「○○ゼミ慰労会 御一行様」という札がかかっていた。
「すいません。今回は『キョスニムと呼ばないで!御一行様』ではありません」とリーダーのSさん。
おそらく、「キョスニムと呼ばないで!」というグループ名で予約するのが恥ずかしかったのだろう。
温泉で一風呂浴びたあと、夕食である。
じつはこの旅館のすぐ裏手には、Sさん(リーダー)の実家がある。Sさんは学生時代、実家からこの旅館に通ってアルバイトをしていたのだった。
そんな関係もあり、料理長は私達のために腕をふるってくれたらしい。どれひとつとってみても、料理は美味しいものだった。
夕食のあとは、そのまま部屋で2次会である。というか、たんにお酒を飲みながら、ひたすらしゃべる。
しゃべっている内容は、おもに大学時代の思い出話である。つまり、話題は昨年とほとんど変わらない。それでも、彼らはその話に笑い転げた。
変わったことといえば、仕事の愚痴を言うようになったことか。これから先も、彼らは「思い出話」に笑い転げ、「会社の愚痴」に「うんうん、わかるわかる」とうなずき続けるのだろう。
それにしても不思議なのは、連中は、私がいないものと思って、リラックスしてしゃべっていることである。さながら私は「ハナ肇の銅像」である。私は自分がなぜこの場にいるのか、不思議でならなかった。
宴会は、夜12時ごろまで続いた。
さて翌朝(4日)
午前10時、チェックアウトをすませたあと、リーダーのSさんが言う。
「このあと、少し山に登ります」
「山?」
「はい。じつは、旅館の裏手にあるうちの実家の横の山道をずっと上がっていくと、『恋人の聖地』があるんです」
「恋人の聖地?」
「そこに『幸福の鐘』というのがあって、そこから眺める景色が最高なんです」
そういえば、そんな話を前に聞いたことがある。以前私は、その山の山頂にある神社を調査するために、老先生たちとこの山を登ったのだった。そのとき、途中にたしかそんなような鐘があったことを思い出したのである。
しかし、いまは冬である。山道はまだ雪深く、ふつうに歩けるような感じではない。
「では、行きましょう」
卒業生たちはどんどん歩いていくので、仕方なくついていくことにした。
だが予想したとおり、山道は雪深く、まるで八甲田山の雪中行軍のようである。
例によって大汗をかきながら、ようやくその「恋人の聖地」に到着した。
卒業生たちは、きゃあきゃあ笑いながら、「幸せの鐘」をならしていた。恋人同士というわけではないのに。
なんか、青春だなあ。私の学生時代には、そんなことはなかったぞ。
きゃあきゃあ言いながらひとしきり写真を撮り、また雪山を下りると、ふもとでSさんのお母さん、そしておじいさんとおばあさんが待っていた。
「先生、せっかくですから、うちで一服していってください」
時計を見ると午前11時過ぎ。私は午後から、職場主催のイベントに出なければならなかった。
「すいません。このあと、午後から仕事なもので」
「そうですか。残念ですね」Sさんのお母さんは、こんどはみんなに向かって言った。「卒業してもみんなで集まるっていいですねえ。いつまでも友だちでいてくださいね」
「はーい」とみんなの返事。
(ちょっと待て!オレは友だちじゃないぞ!)私は心の中でつぶやいた。
「また来年もみんなで泊まりに来てくださいね」とSさんのお母さん。まるで旅館の女将のような言い回しが、ちょっと可笑しかった。
別れのとき、いつまでも手を振っていたSさんのお母さんとおばあちゃんが印象的だった。
午後11時半、私は卒業生たちと別れ、午後の仕事場に向かった。
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