卒業生へのメッセージその2・蒼い時
3月15日(木)
前回、「その1」と書いてしまったから、「その2」を書かなければいけなくなった。
諸君は、山口百恵という人を知っているだろうか。
私が小学生の頃の人気アイドル歌手である。映画やドラマにもたくさん出演していた。
その山口百恵は、21歳の時に、電撃引退する。映画やドラマで共演していた、三浦友和と結婚するためである。
1980年、当時小学校6年生だった私は、この時はじめて「引退」という言葉を知った(ちなみに長嶋茂雄が現役を「引退」したのは、1974年のことで、その時の記憶はない)。
その山口百恵が、引退する21歳の時に書いた本が、『蒼い時』(集英社文庫)である。
この本を、大人になってから読んだ時に、衝撃を受けた。
とても、21歳の人が書いた文章とは思えなかったのである。
ゴーストライターが書いたのではないか、という説があるが、私はその説はとらない。なぜなら、あの文章は、ゴーストライターなんぞが書けるような代物ではないからだ。
単なる「タレント本」でも、「告白本」でもない。
21歳の女性の屈折した思いや過去への内省が、赤裸々に語られている。
その驚くべき「筆力」には、ただただ圧倒されるばかりである。
個人的には、三浦友和との結婚を決めるに至る心の動きを書いた章(「結婚」)が秀逸である。
「…何という馬鹿なことを言ってしまったのか。可愛気のない女だと思われてしまったに違いない。気まずい雰囲気の中で、地の底へ落ちて行くような自分を感じた。私は彼に誰よりも嫌われてしまったと思いこんだ。
自分の発した言葉によって、自分の望まない方向へ状況を流してしまったことに対する自己嫌悪は、それからしばらく私の心を支配した。私は彼の視線を敬遠し、彼の視線は遠ざかった。だから、彼から初めて気持ちを打ち明けられた時の私の戸惑いは、大きかった」
このあたりの記述は、何度読んでもよい。
21歳といえば、諸君とほぼ同じ年齢ではないか。ぜひ、卒業する諸君に読んでほしい。30年前の21歳の女性が書いた文章を読んで、諸君は何を感じるだろうか。
そして、21歳のみずみずしい感性を、いまの諸君がこれほどの筆力で書くことができるのかも、私にとっては興味深い問題である。
余談だが、いわゆる「タレント」が書いた本で、その筆力に圧倒されたものは、この『蒼い時』と、唐沢寿明の『ふたり』(幻冬舎文庫)くらいである。
…ん?あんまり、卒業生へのメッセージになっていないな。まあいいか。
余談ついでにもうひとつ。以前、ある論文集に論文を載せたことがあったが、その論文集の本を装丁した人が、この『蒼い時』の本を装丁した人と同じであった。
つまり、あの『蒼い時』を装丁した人が、私がかかわった本の装丁もしていたのである!
たぶん、その本に論文を載せたほかの同業者たちは、誰も気づかなかっただろうし、関心もなかっただろうと思うが、私にとっては、中身よりもそのことだけがひそかな自慢である。
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コメント
先週は遅くまでお付き合いいただきありがとうございました。
最近のブログを読んでいると、いわゆるフラグの立て方がお上手になられたように感じます、これはあくまで私の個人的な感想ですが。とりわけ「風邪は治るか」からその後の展開(風邪が治ってしまうあたり)は、先生らしいな、などと思っておりました。
それにつけても先生、歴史学から心理学へと鞍替えしたのですか(冗談です)?前回に引き続いてのその1・その2が「ことせん」に触れたものが確実にいると思います(笑)。なんだか見透かされている感じがしますね(汗)。
……いや、ちょっと待てよ、これもいわゆる被害妄想の類なのでしょうかね(笑)ネガティブ人間の私は、つい先生のご指摘通りのことを考えてしまいます、これじゃ寅さんに怒られてしまいますよね、「理屈じゃねえんだよ」って。
高村光太郎の『道程』に「私の後ろに道は出来る」っていうフレーズがありますでしょう?作者の思いとは異なるかもしれませんが、妙にこれが胸に響きます。
「僕の前に道はない」それでも、〈危ぶむなかれ、行けば分かるさ〉と言って拳を天高く突き出してみるのも、たまにはいいのかもしれません、なんちゃって(「道」といえば赤いマフラーのあの人なのですが、たぶん「いまどき」の方々はEXILEさんを連想すると思われます、余談です)。
投稿: パネル作成者T | 2012年3月16日 (金) 02時47分
ややっ。パネル作成者T君もいまやそうとうの「ダマラー」(こぶぎさんが命名したこのブログのヘビーユーザーのこと。「吹きだまり」の「だま」と「アムラー」の「ラー」を合わせた呼称)ですな。ご指摘の通り、フラグはどの記事にも立てているんですが、まったく気づかれないことがほとんどです。
「卒業生へのメッセージ」シリーズは、誰にもピンと来ないだろうと思って書いたのですが、「琴線(ことせん)」にふれる人がけっこういたのでしょうかね?自分ではよくわかりません。
高村光太郎の「道程」は、私が中3の卒業式で卒業生代表で答辞を読んだときに、答辞の中で引用した詩です。懐かしいなあ。
そういえば、「はじめに道はない。人が歩くから道になるのだ」という魯迅の言葉も有名ですね。
卒業おめでとう。
投稿: onigawaragonzou | 2012年3月17日 (土) 00時03分