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卒業祝賀会フリートーク・その3

3月23日(金)

会場には、10人くらいが座ることのできる円卓がいくつも並べられている。正面に向かって左側がうちの学科、右側が隣の学科であり、それぞれが自分の学科のテーブルにつかなければならない。ただし、席は決まっているわけではなく、自由席である。

私の左隣に座った女子学生は、私の授業を受けたことがないという。私も、その学生の名前を知らない。

4月からの進路を聞くと、ある民間企業に決まり、配属先は、自社の製品を売るために大手家電量販店に派遣されるのだという。

「だから、自社の製品を売るために、大声を出さなければいけないんです。家電量販店って、店内が騒々しいでしょう。それに負けないくらい大きな声を出さないといけなくて、いまその練習をしているんです」

「たとえばどんな?」

「寅さんの映画を見て、バナナのたたき売りの口上なんかを練習しようかと」

寅さんは、別に「バナナのたたき売り」などしていないんだけどな、と思いつつ、私はその「寅さん」という言葉に反応した。

「寅さんの口上なら、学生時代に映画を見て一生懸命覚えたぞ」

「え?ほんとですか」

私は学生時代に覚えた口上を披露した。

「赤木屋、黒木屋、白木屋さんで、べにおしろいつけたお姉ちゃんに、くださいな、ちょうだいな、とお願いしたら5000や6000はくだらない品!今日はそれだけくださいなとは言いません!なぜなら神田は六法堂という古本屋が、わずか30万円の税金で、泣きの涙で投げ出した品だい!」

「さんさんろっぽで引け目がない。さんで死んだが三島のおせん。おせんばかりがおなごじゃないよ。かの有名な小野小町が、三日三晩飲まず食わずで死んだのが三十三!」

「七つ長野の善光寺、八つ谷中の奥寺で、竹の柱に茅の屋根。手鍋さげてもわしゃいとやせぬ。信州信濃の新そばよりも、あたしゃあなたのそばがよい。あなた百までわしゃ九十九まで、ともにシラミのたかるまで、ときやがったい!」

「四谷赤坂麹町、ちゃらちゃら流れるお茶の水…」

学生は、あっけにとられていた。

「す、すごいですね…」

「でもこれ、覚えたって何の役にも立たないよ。今までこれが役に立ったことは一度もない」

「でもいま、こうして披露できたじゃないですか」

なるほど、それはそうだ。

「今日、先生とお話できてよかったです。私も寅さんの口上を頑張って練習します!」

何か、ヘンな影響を与えてしまったな。

さて、料理のあとは余興である。恒例のビンゴ大会である。

たまに、空気を読まない教員が「ビンゴ!」とかなんとかいって、いい賞品を持っていったりするのがイヤなので、私は参加しなかった。

私の右隣に座っていたのは、私の指導学生だったMさんである。

数字が読み上げられるたびに、Mさんのカードは好調に数字が空いていく。

やがてすぐに「リーチ」になった。

「リーチの人は立ってください!」と司会者がマイクで言ったので、Mさんはその場で立ち上がった。

「すごいね。もうリーチだね」と私。

「いえ、これは絶対にフラグですよ。このあとしばらく来ないというフラグです」

リーチなんだから、素直に喜べばいいのに、と思うのだが、Mさんも私と同じで、疑り深いのである。

その後もMさんのカードは、バンバンと数字があいていき、ダブルリーチ、トリプルリーチと続いていくのだが、肝心の最後のひとつが出ない。

「ほら、言ったとおりでしょう。絶対に当たるはずがないんです!」Mさんはかなり意気消沈している。「しかも、こんなに長い時間立たされて、『あいつ、リーチだからって、張りきって立ってるよ』なんてみんなに思われて、はずかしめを受けているんです」

Mさんの被害妄想は、さらに広がっていく。「ああ、もう死にたいです」

おいおい、たかがビンゴゲームぐらいで、軽く死にたい気分になるのか?

私にまさるとも劣らない、マイナス思考である。

というか、考えてみれば私の指導学生のほとんどは、こんな感じのマイナス思考人間たちなのだ。

「学生は教員の鏡」とは、よく言ったもんだ。

ビンゴ大会は終わり、結局、Mさんは何の賞品も獲得できなかった。

「ほら、言ったとおりでしょう。結局最後はこうなるんです」

Mさんはうなだれて席に座った。

ビンゴ大会のあと、ひょっとしてカラオケの時間でもあるのかな、と思ったが、若い事務職員が福山雅治の歌を歌い、とくに盛り上がることもなく終わった。

(なあんだ。「微笑がえし」を歌おうと思ったのに…)

卒業祝賀会は2時間で終わり、午後3時すぎには解散となった。

帰ろうとすると、指導学生たちが私の前にズラッとやって来た。

「先生、最後の挨拶です」とSさん。

「私たち、また先生のところに遊びに行くと思います」

「いつでも来てください」

「たぶん、仕事で愚痴がたまると思うんで、愚痴をこぼしに行きます」

おいおいこいつらもかよ、と、心の中で苦笑した。私はやはり、愚痴を受けとめるマシーンにすぎないんだな。

「そういえばこの前、昨年の卒業生たちと温泉に行ったときも、やつら、仕事の愚痴ばっかり言ってたぞ」と私。

「そうでしたか。…そうか!みんなで温泉に行けばいいんですね。そうしましょう。T君、こんど企画してよ」とSさん。

「また僕ですか…」とT君は苦笑した。T君を見ていると、学生時代の私を見ているような気がする。こりゃあ将来、私と同じような苦悩を味わうことになるぞ。それが心配でもあり、楽しみでもある。

さてさて、次にみんなに会えるのは、いつだろう。会場を去る彼らの後ろ姿を目で追いながら、私は蝶ネクタイをはずした。

(完)

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