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物置、横転!

3月5日(月)

明日から韓国に出張である。朝、羽田空港から出発するので、今日のうちに新幹線で東京に向かわなければならない。

仕事を終え、いったんアパートに戻り、途中になっていた荷造りをすませ、駅に向かう、という段取りである。要領が悪いせいか、仕事が思いのほか長びき、アパートに戻ったら15分くらいで荷造りを終わらせて出なければならなくなった。雪と雨でグチャグチャになっている道を歩きながら、家路へと急いだ。

アパートの前まで来て、目の前の光景にわが目を疑った。

アパートの前に並んでいる物置のうちの1つが、90度横転しているではないか!かなり大きな物置が、なぎ倒されたみたいになっているのである!

私が住んでいるアパートは、部屋ごとにたたみ2畳分くらいの広さの物置が割りあてられる。その物置は、アパートの前に並んでいる。

そしてビックリしたことに、そのなぎ倒された物置というのは、私の部屋の物置だったのだ!

見事なまでの横転っぷりである。人間にたとえれば、あお向けにバサッと倒れた状態、といった感じの、いさぎよい倒され方である。

いったいこれはどういうことだ?

横転した物置の横に、男性2人がいた。1人はおじさん、もう1人は、その息子さんくらいの年齢の人。

「いったいどうしたんです?」と私。

「上に積もった雪の重みで物置が倒れたみたいなんですよ」そのおじさんは答えた。「お昼ごろ、このアパートの住人の方から連絡をもらいましてね」

倒れたときは、さぞ大きい音がしただろう、と想像した。

「これ、じつは私の部屋の物置なんです」

「あなたでしたか。私は大家です」おじさんは、大家さんだった。「いま、応援を2人ほど頼んで、倒れた物置を立てようとするところです」

(物置って、100人のっても大丈夫じゃなかったのかよ!)

というツッコミはさておき。

厄介なことになった。私はこのあと、荷造りをして新幹線に乗らなくては、明日の出発に間に合わない。横転した物置にかかわっている時間は、まったくないのだ。よりによって、何でこんな忙しいときに、うちの物置が倒れたんだ?しかも倒れたのは、なぜかうちの物置だけである。

「あのう、…すいません。私、これからすぐに出張に行かなくてはいけなくて、しかも帰ってくるのは11日なんです。どうしたらいいでしょう」

「大丈夫ですよ。私たちでやっておきますから、ご心配なく」

優しい大家さんだ。私は大家さんのお言葉に甘えて、アパートの部屋に入り、途中だった荷造りをすすめた。

15分後、荷造りを終えてアパートの外に出ると、倒れていた物置は、もとの通りに立てられていた。どうやら応援の2人が来てくれたらしい。

「ありがとうございました」と私。「こんなことって、あるんですねえ」

「私も長年大家をやっていますが、こんなことは初めてです」

やはり今年の雪は尋常ではなかったのだ。

やれやれ、と駅に向かい、新幹線に乗る。

それにしても、上に積もった雪の重みで物置が横転するなんて、この先見ることもないだろうな、写真でも撮ればよかったかな、などと、不謹慎なことを考えた。

そしてなぜか、横転した物置を見たときに、赤川次郎の『三毛猫ホームズの推理』を思い出したのであった。

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