5月3日(木)~5日(土)
今年の大型連休は、家族と過ごすことを優先して、ほかの用事を入れないことにした。
先日の、2年生歓迎会の2次会のおり、4年生のN君が言った。
「先生、パヒュームってご存じですか?」
「ああ、知っているよ。たしか、3人組の女性ユニットでしょう」
「ええ。僕、パヒュームのすっごいファンなんですけど、最近は、ファンであることを通り越して、『俺はパヒュームになりたい!』と思うようになったんです」
20歳を過ぎた男性が、「パヒュームになりたい!」というのもどうかと思うが、その気持ちもわからなくはなかった。
「その気持ちは大事だよ。その気持ちを、これからも大切にしていったほうがいい」
私がN君に強くそう言ったのは、酔っていたせいもあるが、実は私も最近、「俺はナベサダ(渡辺貞夫)になりたい!」と、そのことばかり考えているからである。
憧れの人のようになりたい、というのは、ごく自然の感情なのである。
N君と話しているうちに、「そうだ!俺も15年ぶりに、アルトサックスを吹いてみよう!」と思い立った。
これは完全に、先日聴きに行ったナベサダさんのライブの影響である。
「大型連休後半」は、妻の家族と、とある高原で過ごすことになっていたが、その高原に、アルトサックスを持っていって練習することにしたのである。
高校時代から使っているアルトサックスは、実家に置きっぱなしになっていた。そこで、私の実家に立ち寄り、アルトサックスを引っぱりだして、車に積み、目的地の高原へと向かった。
さて、その高原にて。
3日(木)はひどい雨だったが、4日(金)は、多少天気は不安定なものの、晴れ間ものぞきはじめた。
「本当に練習するの?」妻は呆れ顔である。
「うん」
問題は、どこで練習すればよいか、であった。アルトサックスはとても大きな音が出るので、あまり他人様に迷惑がかからないような場所で練習しなければならない。妻に相談したところ、近くの農場に、だだっ広い芝生の広場があるから、そこで練習すればいいのではないかということになった。
車でその農場に行くと、さすが大型連休だけあって、広い芝生の広場には、子ども連れの家族たちがキャッチボールをしたり、犬を連れてきた家族が犬とたわむれていたりして、多くの人たちでひしめいているではないか。
そんな場所でアルトサックスなんか吹いてしまったら、うるさくて仕方がない。
しかし、楽器を持ってきてしまったので、いまさら後にひくこともできない。
その広い芝生広場のいちばん奥の方は、あまり人がいないようだったので、そこに陣取って、楽器を吹くことにした。
「私は少し離れていますから」と妻は行ってしまった。他人のふりをしたいらしい。
15年ぶりにケースを開けて、中にあるアルトサックスをとりだした。
音を出してみる。
ブーッ!
どうやら音は出るようだ。しかも、思っていた以上に音がでかい。続いて音階の練習。
ピロピロピロピロッ!
さらに、ナベサダさんの曲!
○×※□△●~♪~
本人は、iPodに入っているナベサダの曲に合わせて吹いていて、気分はすっかりナベサダなのだが、周りで聞かされている方は、たぶん、騒音のように聞こえただろう。
最初は、周りにいる人たちのことが気になって気になって恥ずかしかったが、吹いているうちに次第に周りが見えなくなり、ガンガン音を出しはじめた。
(やっぱり、楽器を吹くのは気持ちいいなあ)
ひととおり吹き終わって、ふと周りを見渡すと、さっきまでいた大勢の家族たちが、すっかりいなくなっていた。
(あれ?おかしいなあ)
すると、遠くの方にいた妻が戻ってきた。
「サックスの音、この芝生広場じゅうに聞こえるよ」
妻は、芝生広場のいちばん端の、私から最も遠い場所まで行って聞いていたらしい。
「吹いていたら、周りで遊んでいた家族たちが、みんなどこかに消えてしまったんだよ」と私。
「犬を連れていた家族がいたでしょう。サックスの音が出はじめてから、その犬が飼い主に『早く帰りましょう』みたいな仕草をして、帰っていったみたいよ」
なんと、犬は、私のサックスの音に耐えかねて、どうやら帰ってしまったらしいのである。
こうなるともう、ほとんど騒音である。
「でも考えようによっては、周りに人がいなくなったんだから、気兼ねなく練習できるじゃない」と妻。
それもそうだ、と思い、ふたたび楽器を吹きはじめた。
すると今度は、
ザーッ
と、大粒の雨が降り出した。
「いったん戻ろう」
私たちは急いで駐車場に止めていた車に乗り込み、いったん別の場所で買い物をすることにした。
しばらくすると、雨がやみ、少し晴れ間が見えだした。
「雨がやんだようだ。もういちど行こう」
「また行くの?」と妻の呆れ顔。
再び車に乗って広い芝生広場に行くと、やはりまた、広場は家族たちでごった返していた。
だが今度は2度目であるから、最初の時のような恥ずかしさは消えていた。
調子に乗って、
ブーッ
ピロピロピロピロッ
○×※□△●~♪~
と、自分の世界に浸ったあと、ふとまわりを見渡すと、
…さっきまでいた多くの家族連れが、やはり誰もいない。
それからほどなくして、
ザーッ!!
また雨が降り出した。
あわてて車に戻る。
「まるで雨乞いの音楽みたいですな」と妻。
ジャズを吹いていたつもりだったんだが、空の神様には、雨乞いの音楽に聞こえたようである。
「どうやら『サックスの神様』ではなく、本当の神様の心を動かしたようですな」と妻のダメ押し。
すっかり落ち込んで、いそいそとひきあげたのであった。
翌日(5日)。快晴である。
「まさか、今日も練習に行くの?」と妻。
「昨日の場所は、周りに人が多すぎていけなかった。昨日と違う場所を探そう」
と、車に乗り、楽器を練習できそうな場所を探した。
とりあえず、桜が咲いている公園を見つけた。
駐車場に車をとめると、金管楽器を吹いている音が聞こえた。
「あ!楽器を練習している人がいるぞ!ひょっとしてここは、楽器の練習スポットかも知れない」
同志を見つけた!という感じで、音が聞こえる方に向かうと、そこでは「さくら祭り」というのをやっていて、もうすぐジャズコンサートが始まるのだという。金管楽器の音は、そのバンドの人たちのものだった。
「せっかくだから聞いていこう」
いちばん前の席に陣取り、彼らの演奏を聞くことにした。
彼らは、地元で演奏活動をしている、アマチュアのジャズバンドだった。
「デキシー ニューオジンズです!」司会者は、バンド名をそう紹介した。
「どういう意味?」妻が私に聞く。
「デキシーランドジャズっていうジャズのスタイルがあって、それがいってみればジャズの発祥みたいなものなんだが、それがアメリカのニューオリンズではじまったんだ。だから『ニューオジンズ』は『ニューオリンズ』のダジャレだよ」
オジサンばっかりのバンドだけに、バンド名までオヤジギャグである。
トランペット、クラリネット、テナーサックス、トロンボーン、キーボード、ギター、ベース、ドラム。まさにデキシーランドジャズのスタイルである。
演奏がはじまった。誰でも知っている親しみやすい曲ばかりで、大人から子どもまで楽しめる演奏である。風が強くて譜面が風で飛ばされるというハプニングがあったりして、演奏するにはとてもいい環境とは思えなかったが、それでも青空をバックに、オジサンたちはとてもかっこよく見えた。
私は、どんなアマチュアバンドでも応援することにしているので、演奏が終わると、力いっぱい拍手した。
「不思議ねえ」と妻。
「何が?」
「だって、本当は昨日(5月4日)、お仲間たちの演奏会があったんでしょう」
5月4日は、高校時代のOBで作っている吹奏楽団の、年に1度の定期演奏会が東京で行われていた。私が15年前まで参加していた楽団である。私は昨年に引きつづき、その演奏会の司会を頼まれていたのだが、大型連休は家族と過ごしたいと思い、直前になって司会を辞退したのであった。
「結局今年も、同じように、演奏会を聞いているじゃない」
なるほど。結局私は、こういうことに憧れているんじゃないか、と、苦笑した。
「この楽器、勤務地に持って帰るよ」と私。
「本気で言ってるの?」
「時間を見つけて、また少しずつ練習しようと思う」
「どうぞご自由に。でもその楽器、わが家に置いておかれるのだけは勘弁。ちゃんと責任もって持っていってよ」
勤務地にもどったら、練習場所を探さなくちゃな、と、本気で考えはじめている。なにしろ、私が吹くアルトサックスの音はとてつもなくうるさく、空の神様が驚いて雨を降らせかねないのだから。
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