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気分は田所博士

気分は寅次郎

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6月18日(月)

耐震補強工事による研究室の移転について、最初にこの日記に書いたのが3月28日(水)のことだから、かれこれ2ヵ月半以上もたつ。

いまだ、移転は完了しておりません!

どうなっているんだ、まったく!

私の研究室がある建物は、3階と4階に、同僚の研究室が並んでいる。

工事にともない、同僚たちは、バラバラの場所へ移転することになっている。

まわりの同僚たちは、すでにほとんどが移転先へと移り、残っているのは、数名となってしまった。

私のいる4階は、私を含めて3名が残っている。3階も、おそらく残っているのは3名ほどだろう。

なぜ、まだ移転できないのか?

それは、移転先のネットワーク環境がまだ整っておらず、移転しようにもできないのだ。

決して、それを理由にサボっていたわけではない。私のこれまでの動きをまとめておく。

6月12日(火)、13日(水)…本をつめたダンボール箱約120箱を、学生に手伝ってもらって移転先の部屋に運ぶ。学生たちの底力に感動した。

6月15日(金)…本箱を、業者の手で移転先の部屋に運ぶ。

かくして、主要なものはすべて運び終わり、あとは、ネットワーク環境の整備を待つだけである。

思い出したことがある。

むかし、小松左京という作家が、『日本沈没』という小説を書いた。刊行は1973年である。この小説には、日本列島が沈没するという荒唐無稽な設定の中で、日本に住む人びとが、世界各地に避難する様子が描かれている。空想科学小説だが、昨年の震災や原発事故を経験した私たちにとっては、決して荒唐無稽ばかりとはいえない、重要な意味を持つ小説となった。

この小説は、同じ1973年に森谷司郎監督によって映画化され、さらに翌年、TBSでも連続ドラマが制作された。連続ドラマが制作されたのは、私が小学校にあがる1年前のことだった。

私は子どものころ、このドラマが大好きだった。

移転先が決まり、日本列島沈没を目前に次々と海外へ脱出する日本人たち。

だが、最後まで残った人たちがいた。

A576749e9ca6f227674ab2385ee56c2b80e 主人公の小野寺(村野武範)、玲子(由美かおる)、そして田所博士(小林桂樹)である。

すでにほとんどの同僚の移転先がととのい、避難が完了している中で、私はさながら、取り残された彼らのごとくである。

私はこの3人の中では、田所博士(小林桂樹)である。

田所博士は、日本沈没を予知した科学者だが、異端の学者で、権威にはことごとく抵抗していた。まわりからは、偏屈な学者として煙たがられていた。

今の私はまさに、偏屈なところも、置かれている状況も、田所博士そのものである、と、苦笑せざるを得ない。

よーし。こうなったら田所博士みたいに、最後の最後まで脱出せずに残ってやるぞ!

ところで田所博士を演じた小林桂樹は、黒澤明監督の「椿三十郎」(1962年)や、岡本喜八監督の「江分利満氏の優雅な生活」(1963年)などで見せた飄々とした演技も絶品だが、映画版「日本沈没」、テレビ版「日本沈没」で見せた偏屈で頑固な役柄もまた絶品である。その両方ができる、稀有な役者だった。

さらに言うと、映画「男はつらいよ 葛飾立志篇」(1975年)では、小林桂樹が偏屈な考古学者「田所博士」として登場する。これはもちろん、映画「日本沈没」のパロディである。

以上、まったくワカラナイ話でございました。

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