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七夕にはまだ早い!

6月27日(水)

朝イチの授業が終わってから「陸の孤島」(仮住まいの建物)に戻ると、建物の玄関を入ったところに、笹が立てかけてある。その横には机が置いてあって、机の上には、短冊が積んであった。

(もうそんな季節か…)

2階にある仮住まいの研究室から、1階に降り、玄関を通るたびに、笹につるされている「願い事の書いてある短冊」が増えていく。

どうやら、この建物を使用している学生たちが、短冊に願い事を書いて次々と笹につるしているらしい。

それを見ていて、思い出したことがあった。

大学の同じ研究室の2年後輩であるT君のことである。妻にとっては、何年か上の先輩にあたっていたので、私も妻も、よく知っていた。とくに私は、彼と同じサークルで、学生時代の時間の多くをともに過ごしたこともあり、親しい後輩の一人だった。

今は首都圏にある私立大学で、教員をしている。

私は彼とはもう10年くらい会っていないのだが、折しも先日、妻が人づてに聞いたT君の近況を、電話で教えてくれた。

「知ってる?Tさん、いま勤務先の大学で、めちゃめちゃ人気あるらしいよ」

「ほう」

「授業は人気があるし、学生にも慕われているし、同僚の受けもよくていろんな仕事を頼まれたりして、とにかく引っぱりだこらしいよ」

それはそうだろう、と思う。あれだけ優秀で、しかも性格のいい人間を私は知らない。同じ研究室の出身者のうちで、職場の同僚になりたいと思える人間は、彼をおいて他にいないもの。

彼は優秀である反面、それを少しも鼻にかけることはない。というよりむしろ、内省的で、自虐的ですらある。私もそうとうマイナス思考の人間だが、彼のほうが私よりも、もっとマイナス思考なのである。彼とお酒を飲んでいると、「世の中には、かくもマイナス思考の人間がいるのか」と、少し安心するほどである。

といって、決してそれは深刻なものではなく、その「マイナス思考」を「笑い」にかえる天賦の才を持つ。彼の「自虐ネタ」に、何度笑わされたか知れない。仕事ができる上に、そういう性格だから、みんなが安心して彼を信頼するのは、当然のことである。

その彼について忘れられないエピソードが、私やT君が大学院生だった、ある夏のことである。ちょうど、いまの時期だった。

研究室に、誰が持ちこんだのか、笹が立てられていた。やはりその傍らには、白紙の短冊が置いてある。

学生や大学院生たちは、思い思いに短冊に願い事を書き、次々と笹につるしていく。

つるされた短冊を見るとはなしに見ていくうちに、やがてある短冊に目が止まり、そこに書かれた願い事をみて、爆笑してしまった。

T君の書いた短冊である。

ほかの人々は、T君の書いた短冊を、さして気にもとめていなかったようなのだが、私はなぜか、T君の書いた短冊の言葉が、可笑しくて可笑しくて仕方がなかったのである。

(T君らしいなあ…)ほんとうに、T君らしい願い事である。

さて、T君の書いた短冊を見て爆笑した人が、わが研究室にもう1人いた。

それが、いまの私の妻である。

ほかの人は、彼の書いた短冊の面白さにまったく気づかなかったのだが、私と、のちに私の妻になるその後輩だけが、その面白さに気づいていた。

それはともかく、その後も二人の間でT君の話題が出るたびに、そのときの短冊のことを思い出しては、思い出し笑いするのだった。

…そんなことをぼんやり考えていると、通りすがりの同僚が、なぜか私に短冊を渡した。

「下に置いてありましたよ。よかったら書いてみませんか?」

うーむ。どうしよう。

…そうだ!以前T君が短冊に書いた願い事を、私も拝借しよう。つまりネタをパクるのである。

しかし、これを短冊に書いて笹につるすのは、かなり恥ずかしい。

しかも玄関付近は人通りが多いし、ロビーに人が座っていたりするので、なかなか書くチャンスがない。

夕方、人がいなくなった頃を見はからって、1階の玄関に降り、笹の横に置いてある机で、短冊に願い事を書くことにした。

机に向かって書きはじめると、玄関から人が入ってくる音がした。

「あれ?短冊に願い事を書いているんですね?」ふりかえると、さっき私に短冊をくれた同僚である。

私はあわてて、書きかけの短冊をくしゃくしゃに丸めて、ポケットにしまった。

「い、いや、書こうと思ったんですけど、いざとなると、なかなかいい願い事が浮かびませんねえ」

「そうですよね。たしかに、いい大人がうっかりヘンな願い事なんて書いたら、恥ずかしくってオモテを歩けませんからねえ」

いや、その「ヘンな願い事」を、こっちはいま書こうとしていたんだがな。

「…やっぱり浮かびませんね。書くのはやめましょう」私は逃げるように玄関を出た。

あぶねっ!危うく見られるところだった。

それから、ちっともはかどらない仕事をすすめたり、途中でアルトサックスの練習にでかけたりしながら、夜になるのを待ち、人がいなくなった頃を見はからって、短冊を笹につるしに行った。

Photo これなら、誰にも気づかれないだろう。これなら。

…というか、夜中にいったい俺はなにをやっているのだ?陸の孤島で、とうとう壊れてしまったのか?

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