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暇つぶしの人生

6月24日(日)

週末、久しぶりに東京に戻ったついでに、実家に立ち寄ることにした。帰りの新幹線までの、わずかな時間である。

実家に立ち寄る目的は、高校生のときに買った、アルトサックス奏者・MALTAのバンドスコア集を探し出して、勤務地に持って帰ることである。たしか実家に置きっぱなしになっていたはずだから、それを探し出して、勤務地に持って帰ろうと思ったのである。

85821 80年代後半、フュージョンが全盛期だったころ、フュージョンのバンドスコア集がけっこう発行されていた。当時人気だったMALTAの楽曲も、アルバムが発売されるたびに、スコア集が出版されたのである。私はいつか、バンドを組んで演奏することを夢見て、そのときのためにスコア集を何冊か買い、その譜面を見ながら、アルトサックスによるメロディ部分を、よく練習していたのであった。

結局、バンドを組んでMALTAの楽曲を演奏するという夢は、今に至るまで実現していない。フュージョンブームも、90年代以降になると急速に衰退し、バンドスコア集も、ほとんど見かけなくなってしまった。

だから私が高校時代に買った、MALTAのバンドスコア集は、とても貴重なのである。

最近アルトサックスの練習を再開した私は、そのバンドスコア集のことを思い出し、実家に取りに行こう、と思ったわけである。

バンドスコア集は、実家の物置に、まだ捨てずに置いてあった。最近は、モノを捨てられない自分に自己嫌悪しか感じていなかったが、こればかりは、捨てずにとっておいてよかった、と思った。

これで目的を達した、と思い、帰ろうとしたが、そういえば、さっきから父の姿が見えない。

「あれ、父さん、どこに行ったの?」母に聞くと、

「もうじき帰ってくると思うわよ。いま、自転車で出かけてるから」という。

しばらく待っていると、父が帰ってきた。

「どこに行ってたの?」

「うん、ちょっとね。自転車でA市まで行ってきた」

「A市!??」

A市とは、私の実家から、車で1時間近くはかかるところである。

「何しに行ったの?」A市は、とくに見るべきところのない、地味な町なのだ。

「最近は、毎日3時間くらい自転車に乗っているんだ。そうすると、A市なんかすぐに着いちゃう」

70歳をすぎた父は、毎日、目的もなく3時間も自転車に乗り続けているらしい。しかも昨年、かなり大きな手術をしたにもかかわらず、である。

サイクリング、というと聞こえはよいが、サイクリング用の自転車ではない。20年以上前に買った、ボロボロのママチャリである。それに、ポロシャツにスラックス、という「普通のいでたち」である。つまりどこかに買い物に行くような感覚で、3時間も自転車に乗り続けているのだ。

暇をもてあますことにかけては人後に落ちない父だが、暇つぶしもここまでくると、尊敬に値する。

呆れて何も言えないが、ふと考えた。

私が最近、意味なくアルトサックスの練習を始めたのも、父が毎日意味なく自転車に乗っていることと、まったく同じ行為ではないだろうか。

私もいつかは父のように、延々と意味のないことに時間を費やすような人生をおくるのかも知れない。でもそれも、意外と悪くない。

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