夜空の下の卒論中間発表会
7月26日(木)
夜7時、遅れて「丘の上の作業場」に行く。
作業場に、見慣れない親子がいた。
「この方、高校の先生です。で、こちらがその息子さん」と世話人代表のKさんが紹介した。
「どうもはじめまして」私はその先生にあいさつした。
「昨年も生徒を連れて、クリーニング作業を見学に来たんですが、今年もまた来ました」
「そうですか」
「もう日が暮れてしまったので生徒たちは帰宅させたんですけど、私と息子は、少しお手伝いしようと思って」
「どうぞどうぞ、大歓迎です」
息子さんは、小学生である。
「しかし、あれですねえ」と先生。「大学って、研究だけじゃなくって、こういうこともするんですね」
「いや、大学では、けっこう珍しいことだと思いますよ」と私。
「でも、こういう作業を大学でやっているということを知ったら、生徒たちも、大学にもっと興味を持つと思うんです」
それは私も同感だった。大学の中で、もっと当たり前にこういう作業ができることが、私の理想なのだ。
「去年も1回、息子がクリーニング作業に参加させてもらったのですが、今日も参加させていただいて、これを夏休みの自由研究にしたいと思っています」
小学生の息子さんは、ハケと筆と竹ぐしを持って、さっそく本のクリーニング作業をはじめた。
その作業は、ずいぶんと手慣れていた。去年のたった1度だけの経験でも、作業の手順というのは忘れないものらしい。
7時半になった。
作業が終わった後、みなさんちょっと残ってくださいと、「丘の上の作業場」のリーダーであるYさんが言う。
「実は私の指導学生である4年生のRさんが、これから卒論中間発表をするので、皆さんに聞いてもらいたいんです」
「ここでですか?」
「ええ」
なんと、夜空の下の卒論中間発表である。
「ぜひ発表を聞いていただいて、皆さんからのご意見をいただきたいんです」と、指導教員のYさん。Yさんはその道の専門家で、私たちはド素人である。でも、そのド素人の私たちにも、指導学生の卒論の構想を聞いてもらおうというYさんの姿勢は、なかなかまねできるものではない。
4年生のRさんは、この「丘の上の作業場」でのクリーニング作業が始まった最初の頃から、この作業に中心的にかかわってきた学生である。卒論のテーマも、このクリーニング作業と関わりの深い、化学分析にかかわるものだった。昨年から一緒に作業をしている私たちも、彼女にはいい卒論を書いてもらいたいと思っているのだ。
聴衆は、同じゼミの後輩学生やOB、他の大学の畑違いの教員(つまり私)、自治体職員や高校の先生、そして小学生。
こんなバラエティに富んだ聴衆のいる卒論中間発表会は、おそらく全国のどこをさがしてもないだろう。しかも夜空の下で、である。
短い時間だったが、この貴重な時間を、かみしめた。
「今日で、『丘の上の作業場』の作業は、ひとまずお休みです」と、世話人代表のKさん。8月と9月は夏休みに入るのだ。
「また、大人たちだけでビールでも飲みたいですねえ」
「いいですねえ。またやりましょう」
「いまは忙しいから、1カ月後ぐらいなんかどうでしょう」
「そうしましょう」
というオジサンたちの会話。
そういえば、もうここ10日ばかりビールを飲んでいない。
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