東京痛風クラブ
8月31日(金)
若い人は知らないと思いますけど、「シティボーイズ」という、3人組のコントグループがおりましてね。大竹まこと、きたろう、斉木しげる、というオジサン3人組。
むかし、シティボーイズが好きで、東京にいた頃はよくコントライブを見に行っていた。
その中に、「東京腰痛クラブ」というコントがあって、腰痛持ちの人たちが集まって、腰痛持ちが抱えているいろいろな悩みを告白したり、腰痛を克服するためにいろいろなことを試みようとするのだが、結局、何でもないことをするにも腰痛に悩まされてのたうちまわる、という内容で、当時は見ていてとても面白かったんだが、たぶん腰痛持ちの人が見たら、身につまされるのだろうな、とも思った。
私は幸いにして腰痛持ちではないが、痛風持ちである。だからいま私がこのコントをみたら、たぶん私も、身につまされるのだろうと思う。とにかく、痛風の発作が起こったら、ふだんあたりまえにやっていた行動も、もう痛くて痛くて、できなくなるのだから。
昨晩、左足首が痛みだした。
もう長年この病気とつきあっているから、(そろそろ来たか)と思った。今年に入って、奇跡的にまったく発作が起きることなく過ごしていたから、じつに久しぶりである。
(このところの、不摂生な食生活がたたったな…)
と、すぐに思った。私にとって、痛風の発作の原因は、「お酒」ではない。「食べ物」と「ストレス」である。ある食べ物を大量に摂取したりすると、とたんに発作が起こるということに、最近になって気付いた。そのことに気付いてから、なるべくその食べ物をとらないでいたら、ウソのように発作が起こらなかったのである。
だがここ最近、外食などの機会に、その食べ物を食べていたようである。
寝ている間にも、どんどん痛みが激しくなってくる。あまりの痛みに眠れなくなってしまった。
(まいったなあ…)
朝になっても、痛みがひどくなるばかりである。歩くことすらままならない。
こうなったら、「ほふく前進」で出勤するしかない。しかしこの暑い中、地べたにうつ伏せになって「ほふく前進」しながら通勤するのは、どう考えても暑い。というか、かなりオカシイ。
仕方がないので、かかりつけの病院に行って、痛み止めの薬をもらうことにした。
電話をかける。
「あのう…今日、診察してもらえますでしょうか」
「申し訳ございません。あいにく今日は、午前も午後も予約でいっぱいでして…。明日の午後以降であれば大丈夫なんですが…」
かかりつけの病院は、人気があるのか、いつも予約でいっぱいなのだ。
だが、痛いのは「今」である。明日まで待てるはずがない。
「あのう、急を要するんですが…」
「どうなさったんですか」
私はかくかくしかじか、と説明した。
「せめて痛み止めの薬だけでも…」
「わかりました。では、簡単な診察と、血液検査をした上で、お薬をお出ししましょう。すぐにいらしてください」
イタイイタイイタイッ!!と、足を引きづりながら、やっとの思いで病院に到着した。
「薬、しばらく飲んでいなかったんでしょう!」
開口一番、看護師さんに指摘される。
このセリフがイヤで、私は病院がキライなのだ。
こっちは患者なのに、なぜ私が責められなければいけないのか?
「すみません」私は謝った。
「いまは夏ですからね。水分を大量に補給して、オシッコをたくさん出しなさいね!」
このセリフも、病院に行くたびに言われるセリフである。
そんなこと、わかりきっているのだ!
だから私は毎日、水を「リットル」単位ではなく、「ガロン」単位で、飲んでいるのだ!
それでも発作が起こるとはこれ如何に?
それに、いい年をしたオッサン(私)が、「水をたくさん飲んで、オシッコをたくさん出しなさいよ」と、自分の「オシッコ」の件で毎回たしなめられるのは、どうにも屈辱的である。
「あとねえ」
「なんです?先生」
「あなた、太りすぎです」
「……」
ここまで言われて、打ちのめされない人はいない。
「いったい俺が、何したって言うんだよ!」
寅さんがよく言うセリフである。何も悪いことをした覚えがないのに、なぜ俺だけがこんな目に会わなきゃならないんだ、というときに、口をついて出るセリフである。
この発作が起きるたびに、いつもそんな気持ちになる。
午後、職場に行く。今日中に仕上げなければならない原稿があるのだ。
2階の仕事部屋に階段で上がるだけでも、一苦労である。
(アイタタタタタタ!)と、心の中で叫びながら、階段を一段ずつ昇る。
昇るのはまだいい。つらいのは降りる方である。
一段一段降りるたびに、全体重が足にかかるから、それはそれはもう、痛いのである。
やっとの思いで、図書館に行く。
「あのう…1カ月分の新聞を見たいんですが」
書庫から出していただいく。
「どうぞ」
1カ月分の新聞をドサッと渡される。
それを持ちながら、(イタイイタイイタイイタイ)と心で叫びながら、数メートル先の机まで向かう。
「ありがとうございました。見終わりました」
「じゃあ、カウンターまで持ってきてください」
また、(イタイイタイイタイイタイ)と心の中で叫びながら、重い新聞のたばを持って、数メートル先のカウンターまで持っていく。
ふだんならなんということもない動作も、苦痛この上なく感じられるのである。
(こんなことなら、もっと早く原稿にとりかかっていればよかった…)
そこでまた落ちこむ。
この気持ち、同じ痛風持ちにしかわからないだろうなあ。
いっそ、「東京痛風クラブ」というのを立ち上げてみるか。ここは東京ではないけれど。
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