汗をかく機械
8月18日(土)
だいぶ前、同僚から、
「8月18日、日程を空けておいてくれる?」
と言われた。
「何です?」
何でも、うちの職場の卒業生が、いまプロの講談師をやっていて、市民会館でその公演を開催するので、ぜひに聴きに来てほしい、というのだ。
「どうして私が?」
「だって、講談とかに詳しいでしょう」
いやいやいや、講談には全然詳しくないぞ。今まで聞いた講談は、立川談志師匠の「三方ヶ原軍記」だけである。しかもCD。
「とにかく、来てくださいよ。あなたに来てもらわないと困る。できれば、その後の懇親会も出てください」
「はあ」
まあ、生で講談を聞く初めての機会でもあるので、こちらとしても楽しみにすることにした。
しばらくして今度は、いつもお世話になっている「おじいちゃん先生」から連絡が来た。
「8月18日、空けておいてくださいよ」
「何です?」
「S町の調査ですよ。先生がいないと始まりません」
そうだった。S町で調査することを、前々から約束していたのだった。
しかしこの日は、講談を聴きに行く日なのだ。
「他の日ではダメですか?」
「ダメです。先方がこの日でないとダメだというもので」
困ったなあ。講談は、午後2時開演なのである。
「午後2時から、市内で用事があるので、この日は午前中しか空いていません。少なくとも、お昼ごろにはS町を出ないと…」
「じゃあ、朝8時半に集合しましょう」
「わかりました」
ということで、朝8時半に老先生たちと集合して、S町に向かうことになった。
さて当日。
相変わらず蒸し暑い。しかも、S町で調査をする建物の中は、狭い上に暗いため、撮影用のライトを照らしながらでないと、調査ができないのだ。
で、この撮影用のライトというのが、ビックリするくらい高熱を発するのだ。
このライトの横で必死に撮影していると、後から後から汗が出てくる。要は、サウナの中で仕事をしているようなものだ。
ハンドタオルで何度も汗をぬぐうのだが、あっという間にハンドタオルがびっしょりになり、そのタオルを絞ると、ビックリするくらいの量の汗がしたたり落ちる。
先日、韓国で山登りしたとき以上の、汗の量である。
お昼すぎに午前の調査が終わり、私ひとり、皆さんとお別れして車で市内に戻る。
いったん家に戻って着替えたいと思ったが、その時間がなかったので、直接、公演会場に行くことにした。
公演会場の近くの駐車場に車を止め、会場に向かう。
あらためて自分の姿を見て、ビックリした。
ズボンの腰のあたり、とくに「社会の窓」のあたりが、汗でぐっしょり濡れて、ズボンの色が変わっているではないか!
おそらく、上半身から流れ出た汗が、ズボンの腰のあたりで、一気に吸収されたのであろう。
それはまるで、「おもらし」したかのように見える。
いや、知らない人が見たら、100人が100人、「こいつ、おもらししたな」と思うだろう。
急に恥ずかしくなったが、しかしもう時間がない。
だいたい、単に講談の公演を聴きに行くのに、何でズボンがぐっしょり濡れているのだ?と、普通の人なら思うに違いない。
開演間近だったので、慌てて公演会場の受付に行くと、知っている女子学生が受付をしている。
受付をしている女子学生は、私のズボンの方に視線をやると、目を見開いて、一瞬、固まっていた。
(あ~、絶対、ズボンがぐっしょり濡れていることを不審に思っているな。絶対、おもらししたと思っているぞ)
もうこの時点で、軽く死にたくなった。
公演自体は、とても楽しいもので、4時に終わった。今度は6時から、町の中心部の居酒屋で、講談師、というか卒業生を囲んだささやかな懇親会である。
その前に、いったん家に帰って、着替えなければならない。なにしろ、ズボンの汗が全然引かないのだ。
家に帰って、着替えたりしているうちに、もう家を出なければならない時間だ。
ビールやお酒を飲むはずなので、家に車を置いて、歩いて懇親会場まで行かなければならない。家から懇親会場の居酒屋までは、徒歩で40分くらいかかる。
遅れそうだったので、早足で会場に向かうと、たちまち汗が流れ出る。
結局、着替える前と同じくらいの量の汗をかいた。
まったく今日1日は、汗をかくために生きたようなものだ。
寅さんのセリフに、
「俺から恋をとったら何が残る?三度三度メシを食ってクソを垂れる機械。つまりは造糞機だよ」(「男はつらいよ 花も嵐も寅次郎」)
というのがあるが、まさに私は、「造汗機」である。
ということで、今日は朝8時半から夜8時半すぎまで、12時間、汗をかき続けたのであった。
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