カオスな歓迎会
8月21日(火)
ベトナムと中国から、30人ほどの学生がやってきて、今日からうちの職場で2週間ほどの短期研修を行う。今日の夕方はその歓迎会である。「ぜひ参加してください」と、職員のMさんに言われた。
午後4時半過ぎ、2コマ分の授業を終えて、その足で歓迎会場に向かった。
30名のお客さんに対し、手伝ってくれている日本の学生は、7、8名といったところか。
手伝ってくれている学生に聞いてみた。
「日本語がわかる学生はどのくらいいるの?」
「4分の1くらいですね。あとは英語です。ただし、日本語がわかる学生は英語がわからなかったりします」
中国から来た学生は、朝鮮語もできる人が多いので、朝鮮語であれば話せそうである。
立食形式の歓迎会が始まった。
中国から来た学生とは、朝鮮語でなんとか話せたが、問題はベトナムから来た学生である。
試みに、近くにいた男子学生に英語で話しかけたが、どうしても朝鮮語が出てきてしまう。
それでも、なんとなく意思疎通ができ、最後はなぜか電話番号の交換をした。
「ベトナムに来る機会があったら連絡ください。僕がご案内します」
はたしてそんな機会はあるだろうか。
職員のMさんが私のところにやってきた。
「このあと、全員に自己紹介をしてもらいます」
「はあ」
「最初は、先生にお願いします」
「えええぇぇ!!私からですか?}
「はい」
「日本語でいいですか?」
「できれば英語でも」
「こまったなあ。朝鮮語ならできるんですが…」
「じゃあそれでお願いします」
ということで、日本語と朝鮮語で自己紹介をする。使った英語は、
「ウェルカム トゥ ジャパン、レッツ エンジョイ ウィズ アス」だけ。
何とも恥ずかしい挨拶である。軽く死にたくなった。
その後、職員さんや、うちの学生たちも自己紹介するが、みんな英語をがんばって使っている。なかには流暢な人もいる。
みんなすごいなあ、下手でも頑張って英語で挨拶すればよかったと、ひどく落ち込んだ。
日本の学生はかなり少なかったが、ありがたいことに3年生のNさんが、急遽歓迎会に参加してくれた。
「Nさんも英語で自己紹介しなさいよ」
「え?私もですか?私、英語全然ダメですよ。ひと言もしゃべれません」
「そんなことないよ。いちど英語で挨拶したら、世界が変わるぞ」私自身、英語で自己紹介したわけでもないのに、まったく私もいいかげんな人間である。
「でも、なんて言えばいいんですか?}
そこで私がアドバイスする。
「『マイネーム イズ ○○、プリーズ コール ミー ○○ アイ スタディ ○○ アット ディス ユニバーシティ』と、まずはこう言うんだ」
「わかりました。そのとおり言います」
「で、次に『アイ キャント スピーク イングリッシュ』という」
「はあ」
「そこで、ドッカーンとウケること間違いなし!」
「ほんとですか?」
「だって、お前英語を喋っているやんけ!て、なるでしょう」
「なるほど」
「で、最後に、『レッツ エンジョイ ジャパン』でしめる」
「わかりました」
3年生のNさんは、言われたとおり英語で自己紹介をした。ところどころアドリブを加えたりして、それはそれは堂々としたもので、発音もすばらしかった。ただし「アイ キャント スピーク イングリッシュ」は、「ややウケ」だった。
(すごいなあ。それにひきかえ、やっぱり俺は全然ダメだな)と、さらに落ち込んだ。
ひととおり自己紹介が終わり、歓談の時間。
中国の大学から来た男子学生のグループの席に行く。ひとり、日本語が堪能な学生がいた。
「先生、日本に来てぜひしてみたいことがあります」
「何ですか?」
「『一楽ラーメン』に行って、ラーメンを食べることです。先生、『一楽ラーメン』は知っていますか?」
「いや、知りませんねえ」
「え?『一楽ラーメン』を知らないんですか?有名ですよ。中国では誰でも知っています」
「一楽ラーメン」なんて、聞いたことがない。
「インスタントラーメンでも出ているんですけど。それではダメなんです。お店で食べないと」
「一楽ラーメン」というインスタントラーメンすら、知らない。
「私は知らないけど、ほかの人に聞いてみた?」
「他の先生(職員)に聞いてみたんですが、どの方も知らない、というんです」
それはそうだろう。少なくともこの地域には、そんな名前のラーメン屋は聞いたことがない。
「ほかのラーメン屋ではダメなの?この地域には美味しいラーメン屋がたくさんあるよ」
「いえ、ほかのラーメン屋ではダメです。『一楽ラーメン』でないと」
ずいぶん強情な学生である。
しかし、「一楽ラーメン」なんて、まったく思いあたらない。
「どこでその『一楽ラーメン』を知ったの?」
「日本の漫画ですよ。『ナルト』という漫画です。中国では誰でも知っています」
なるほど、漫画に出てくるラーメン屋か。となると、そのラーメン屋は実在しないラーメン屋の可能性が高い。
「漫画にしか出てこないラーメン屋でしょう。たぶん実在しないと思うよ」
「いえ、そんなことありません」その隣にいたもう1人の男子学生も、日本語が堪能だった。「僕は大阪で『一楽ラーメン』という名前のお店を見ました」
「美味しかったの?」
「いえ、僕はラーメンがそんなに好きではないので、中には入りませんでした」
ますますわからない。とすると、大阪に実在するラーメン屋なのか?
「ほら、ちゃんと『一楽ラーメン』はあります。この近くにはないんですか?」と、その強情な学生。
困ったので、近くにいた日本の学生に聞いてみた。
「『一楽ラーメン』って知ってる?『ナルト』っていう漫画に出てくるらしいんだけど」
「ああ、知っていますよ。有名ですね。でも、あれは漫画の中に出てくるもので、実際にあるお店というわけではありません」
やはりそうか。
「じゃあ、大阪で見た『一楽ラーメン』は違うのですか?」
「たぶん、たまたま同じ名前のラーメン屋だったのでしょう」日本の学生が答えた。
「でも僕、絶対に『一楽ラーメン』でラーメンを食べたいです」
「でも、漫画に出てくるお店とは違うんだよ」
「でも食べたいです。こんど大阪に行きます。先生も大阪に食べに行ってください」かなり強情な性格とみた。
そんなこんなで、歓迎会が終了した。
3年生のNさんは、すっかりとみんなとうちとけていた。さすがだなあ。
「楽しかったですか?」
「ええ、とっても楽しかったです」
それにひきかえ、私は自分のふがいなさに落ち込むばかりである。
やはりむいていないんだな、こういう仕事に。元来が、非社交的な人間なのだ。
そのせいか、今日はひときわ疲れた1日だった。
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