乙女旅飯、ではなく、大人旅飯
8月6日(木)、京都。
出張先での楽しみは、食べることである。
今回は、妻も同じ仕事で一緒だったので、どうせならふだん行けないようなところに行きたい。
一度行ってみたいところがあった。先斗町(ぽんとちょう)である。
「乙女旅飯」に対抗して、「大人旅飯」をすることにした。
「先斗町」という名前は、小学生くらいの頃だったか、
「富士の高嶺に降る雪も
京都先斗町に降る雪も
雪に変わりはないじゃなし
とけて流れりゃみな同じ」
という歌を聴いたことがあって、そこに出てきた「ぽんとちょう」という言葉の響きが、なんとなく印象に残った。その歌が「お座敷小唄」の1番の歌詞であることを、後に知った。
先斗町は、大人のお座敷遊びをする店がたくさんあって、「いちげんさん」は近づけない、というイメージがある。
別に私はお座敷遊びをしたい気はさらさらないのだが、なんとなく先斗町に憧れていた。
「いちど、先斗町で食事をしてみたいねえ」
と妻に言うと、なんと妻が日ごろ親しくしている年上の友人の知り合いが、先斗町で料理屋をやっているという。
さっそく、その友人に連絡をとってもらうと、その友人の方が、お店の主人に電話をしてくれた。
夕方6時半。お店の名前を頼りに、先斗町を歩く。
以前も何度か通りを歩いたことがあったが、先斗町の特徴はなんといっても、路地が狭いことである。
その狭い路地を歩くと、目的の店があった。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
という男性の元気な声。この店のご主人である。
「お話は先輩からうかがっております」
この店を紹介してくれた妻の友人というのは、私よりも少し年上の女性で、この店の主人はその方の大学時代の後輩だ、ということだったから、たぶん私と同じくらいの年齢なのだろう。
店は、カウンターと、奥の座敷にテーブルが2つほど。こじんまりした、隠れ家的な店である。この店を、男性のご主人が一人で切り盛りしている。
このご主人、とにかく、気さくで明るい。
「ご出身はやはり京都なんでしょう?」
「いえ、栃木県です」
てっきり京都の方かと思った。
いろいろとうかがってみると、京都の大学を6年かけて卒業したあと、「人と話したり、人に喜んでもらったりする仕事が、自分にはむいているのではないか」と思い、京都の料亭に10年間弟子入りして、その後、独立してこのお店を持つことになったという。「もうこの店を10年やっています」と言っていたから、やはり彼は私と同い年くらいである。
10年か。吉本隆明は、「どんな仕事でも、10年間、毎日休まずに続けたら、必ずいっちょまえになれる」と言っていたが、まさにその通りなんだな。
「ご家族は?」
「妻と娘が、大阪にある妻の実家に住んでいます」
つまり、単身赴任ということらしい。ふだんは、一人でこの店を切り盛りしているのだ。
「先斗町にお店を出すって、すごいですねえ」
「でも、私がもし倒れたら、それで終わりですからねえ、この仕事は。それに、景気にも左右されますし」
なるほど。日々が孤独な戦いである。
先日、講談師の方にお話をうかがったときも、「昨年の震災の後、しばらくの間、仕事がガタッと減った。その時はじめて、ああ、こういう仕事は、真っ先に切られてしまうんだな、と思って、この身ひとつで仕事していることに、不安を感じた」と言っていた。
それに、どんな客が来るかもわからない。あらゆる客が満足するように、料理の腕をふるい、お客を楽しませなければならない。
もちろん素材のよさもあるのだろうが、腕がよいのだ。それに、ひとつひとつを料理を、丹誠込めてつくっている。それが伝わるのだ。
「大学時代にお世話になった先輩に後で怒られてはいけませんので、サービスさせていただきます」
松茸ですよ!ま・つ・た・け!
松茸なんて、何年ぶりだろう。
私も妻も、ビックリするくらい「座持ちが悪い」のだが、そんな私たちにも、気を遣っていろいろと話しかけてくださる。
お店はしばらくの間、私たちだけしかいない、いわば「貸切状態」だったが、やがてひと組の男女がやってきて、カウンターに座った。どうやら男性のほうは常連で、その男性が、初めて女性をこのお店に連れてきたようである。
まあ、はっきりいって「アレ」な感じの女性だったのだが、そういう女性に対しても、ご主人はちゃんと話を合わせ、しかも、連れてきた常連客の男性のことも、しっかりと立てる。
料理とお酒を堪能して、お店を出る。
「私たち、絶対に客商売できないね」と妻。「私だったら、お客さんがひと組来ただけでグッタリだな」
同感である。いろいろなことを考えさせられた「大人旅飯」でありました。
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