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アポなしの再会

9月12日(水)

隣県のY市にあるY高校で出前講義が終わった後、D市にあるIさんの職場に、立ち寄ろうかどうしようか、迷っていた。

10年ほど前、あるプロジェクトで、Iさんと仕事をした。

それ以前からも、D市とは仕事の上で関わりがあった。多少感傷的なことを言えば、D市での一連の仕事は、私のその後の仕事の方向性を、決定づけるものとなった。だから大げさに言えば、私にとっての原点の場所である。

しかしここ数年は、D市にまったく訪れておらず、かつて一緒に仕事をしたIさんとも、お会いしていなかった。

理由はいくつかある。

1つめは、物理的に忙しくなってしまったこと。

2つめは、3年前に韓国に留学してから、私の仕事の方向性が少しずつ変わりはじめた、ということ。

3つめは、もう数年も離れてしまったので、もはや私の出る幕はないのではないか、と思ったこと。

冷静に考えれば、いずれも言い訳の理由にすぎないのだが。

風のうわさでは、「最近、あいつ(つまり私)をぜんぜん見ないが、彼はいったい何をしているのか?」と話題になっている、とも聞いた。

「まだ生きてますよ~」と伝えるためだけにでも、D市に行ってみようか。

しかし今更、どの面下げて行けばいいのか?

私は人間関係を築くのが苦手で、不義理を重ねた結果疎遠になってしまう、というケースがじつに多い。

D市の仕事に関わった人たちにも、すっかりと不義理を重ねてしまったのである。

(いっそのこと、アポなしで行ってみよう)

アポなしで職場に押しかけて、いれば挨拶だけでもして帰ってくればいいし、もしいなければそのまま帰ってしまえばよい。

午後2時15分、出前講義のプログラムが終わり、車でD市に向かう。家に帰る方向とは、正反対の方向である。

午後3時半。D市のIさんの職場に着いた。

そこにIさんがいた。

「いらっしゃると思ってました」

「え?」

「だって今日、Y高校で講義をしたんでしょう?」

さすが、情報が早い。

Iさんは、この数年間の自分のお仕事について、私に語り始めた。

ときに謙虚に、ときに自信をもって話す。誠実な語り口は変わらない。

この人は、本当にこの仕事が好きなんだなあ、と思う。

話を聞いているうちに、だんだん思い出してきた。

私は彼の誠実さにつられて、10年前に一緒に仕事をしたのだった。

しかも同世代であるという気安さも手伝って、その後も折にふれ話をするようになったのだ。

「…どうです?マニアックでしょう」ここ最近の仕事について語ったIさんが言う。

「マニアックなお仕事ですねえ。でも、そうとうおもしろいです」と私。

「こんなマニアックな話、なかなか聞いてくれる人はいませんよ」

気がつくと、1時間半が経っていた。

「今日は突然おじゃましてすみませんでした。でも、来てよかったです」別れ際に、私は言った。

「また一緒に仕事をしましょうよ」

「え?」

「そろそろ、こっちに戻ってきてくださいよ」

意外だった。私の出る幕はないだろうと思っていたからである。

「そうですね。そろそろ復活しますかね」

いまの仕事量からみて、本当にそれが可能か、自信がなかったが、しかしそうしなければならないだろう。そういうふうに言ってくれる人がいる限りは。

Iさんの職場を出たあと、近くを散歩した。

D市に通っていたころの風景は、そのままだった。

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