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公営ユースホステルのおじさん

10月30日(火)

実習初日の宿泊場所は、1泊3000円ほどの、公営のユースホステルである。いつも宿泊している直営のユースホステルが満室だということで、その近くにある公営ユースホステルに宿をとることにしたのである。

この公営ユースホステルには、格別の思い出がある。

ちょうど20年前、私が大学院に入った年の夏休み、この地で1ヵ月間、アルバイトをしながら暮らしたことがある。そのときに宿泊していたのが、この公営のユースホステルである。当時は、1泊2000円程度だったと思う。

つまり私は、1ヵ月間、この公営ユースホステルで、暮らしていたのである。

一部屋に2段ベッドが4つあり、8人が寝られるようになっている。私は、ある部屋の2段ベッドの下を陣取った。1ヵ月間、そこが私の唯一の生活スペースだった。

ほとんどの人は、1泊や2泊で観光に来た旅行者である。日本人だけでなく、海外からの観光客もいた。毎日、入れ替わり立ち替わり、さまざまな観光客と同室になるのである。

そういう人たちと、いろいろな話をした。ときにはカタコトの英語で話したこともあった。

あるとき、東京から観光でやって来た見知らぬ大学生と話をしていると、私と共通の友人がいることが判明したこともあった。

世間は狭いなあ、と、実感した。

1ヵ月もそこで暮らしていると、だんだん「客」としての扱いも、ぞんざいになってくる。あるとき、

「すんません。今日、お客さんが満杯なので、部屋を移っていただけますかね」

「どこにです?」

「図書室です」

「図書室ですか?」

…ということで、図書室で寝たこともある。

1ヵ月もいるので、そこで受付業務をしている初老のおじさんと、仲良くなった。

その初老のおじさんは、夕方から翌日の朝まで、1人で、公営ユースホステルに関するさまざまな仕事を切り盛りしていた。

私は毎朝7時すぎ、このユースホステルを出てアルバイト先に向かい、夕方6時、アルバイト先からこのユースホステルに戻ってきた。毎日必ず、このおじさんと顔を合わせる。

あるときから、私がユースホステルに帰ってくるなり、待ちかまえたかのように、そのおじさんが仕事の愚痴を私にこぼすようになったのである。

愚痴の対象は、もっぱら、昼間そこで働いているおばちゃんに関することだった。

どうやらこのユースホステルは、2交替制であるらしく、昼間はおばちゃんが、夕方から翌日の朝まではおじさんが、そのユースホステルで働いていたようなのである。ただし私は、昼間はアルバイトに出ていたため、そのおばちゃんを見たことがなかった。

帰ってくるなり、そのおじさんが私に言うセリフは決まっていた。

「ホンマ、今日という今日は、堪忍袋の緒が切れましたわ!」

「いったいどうしたんです?」

「昼間のおばちゃんですわ。ホンマ、まったく仕事せえへん」

そこから、延々とおばちゃんに対する愚痴が始まる。おじさんによれば、とにかくそのおばちゃんは、「まったく使えない人」らしかった。

こちらも疲れていたが、そのおじさんも、心を開いて話す相手がいなかったのかも知れない。まだ20代前半の私に、延々と仕事の愚痴をこぼしていたのである。

そう!考えてみれば、私はそのとき、23歳の若造だったのだ!そんな若造に、初老のおじさんが延々と仕事の愚痴をこぼすのだから、よっぽどのことだったのだろう。というか、むかしから私は「愚痴を聞くマシーン」だったのか?

そのうち、私もその愚痴が楽しみになっていった。今日は、昼間のおばちゃんが、どんなことをしでかしたのだろう、と。

しかも私は、そのおばちゃんの姿を、一度も見たことがないのだ。私はおじさんの愚痴を聞きながら、そのおばちゃんの仕事ぶりを空想して、楽しんだのである。

あれから20年。

当然のことながら、もうそのおじさんはいない。しかし、いまもあのおじさんの愚痴が聞こえてくるのではないかと思うほど、施設はその当時のままである。

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