被害妄想の教科書
10月3日(水)
「寅次郎のメロン騒動」といえば、映画「男はつらいよ」のファンにとっては、有名なエピソードである。
最高傑作の呼び声が高い「男はつらいよ 寅次郎相合い傘」での一幕。
登場人物は、寅次郎、妹のさくら、さくらの夫の博、そして、おいちゃんとおばちゃん。場面は、葛飾柴又のだんご屋「とら屋」、寅次郎の実家である。
寅次郎が、旅先で知り合ったサラリーマンから、御礼にといってメロンをもらった。
いまの若い人は知らないと思うが、むかしは「メロン」といえば、ビックリするくらいの高級品だったのだ。
寅次郎の外出中、「とら屋」の一家がメロンを切り分けて、いままさに食べようとしていた。
「いただきまーす」
皆がそれぞれ美味しそうにかぶりついていると、店先で寅の声がする。寅次郎が帰ってきたのだ。
おばちゃん「あらいけない!寅ちゃんの分、忘れちゃった!」
さくら「勘定に入れなかったの?」
おばちゃん「うっかりしちゃって…どうしよう…」
さくら 「どうしようって…」
博「隠しましょう!」
おいちゃん「隠すって、どこへ?」
博はお膳の下に自分のメロンを隠した。
そこへ、寅次郎が座敷にあがってくる。
寅「メロン美味しいかい?」
さくら「う、うん。」
寅「よし、じゃ、お兄ちゃんも一つもらおうか。じゃ、出してくれよ。オレの」
さくら「あ、お兄ちゃん。これ一口しか食べてないから…」
おばちゃん「あの、あたしのを…」
博「あ、僕のをどうぞ」
おいちゃん「これ食べろよ」
みんなが自分の食べかけのメロンを寅次郎にさしだす。
寅「……わけを聞こうじゃねえか。…どうしてみんなの唾(つばき)のついた汚ねえ食いカスを、オレが食わなくちゃならねえんだい?」
さくら「……」
寅「オレのはどうしたの?…、オレのぉ~!?」急に駄々っ子のようになる寅次郎。
さくら「あたしが悪かったの。お兄ちゃんのこと勘定に入れるの忘れちゃったの」
おばちゃん「違うのよ!あのね、あたしが悪かったんだよ」
おいちゃん「俺も気が付かなかったんだよ」
おばちゃん「ごめんよぉ」
博「僕もうっかりして…」
みんなで、寅次郎に謝る。
寅「いいんだよいいんだよ。どうせ俺はね…この家じゃ勘定には入れてもらえねえ人間だからな」
さくら「何もそんなこと言ってないじゃない…」
寅「しかしな。このメロンは誰のとこへ来たもんだと思うんだ?旅先でひとかたならないお世話になりましたと、あの男がオレのところへよこしたメロンなんだぞ!」
さくら「そうよ…」
寅「本来ならばこのオレがだ、『 さ、みんなそろそろ食べ頃だろう。 美味しくいただこうじゃないか 』 『 あら寅ちゃん、すまないわねえ、あたしたちもご相伴にあずかっていいの?』 『 もちろんだとも~ 』『 すいませんねえ兄さん、それじゃ頂きます』…そうやってみんながオレに感謝をしていただくもんなんだろう。それをなんだい!オレに断りもなしに」
とら屋一家「……」
寅「あいつのいないうちにみんなで食っちゃお食っちゃお食っちゃお。どうせ、あいつなんかメロンの味なんかわかりゃしないんだ。ナスのふたつもあてがっときゃいい。そうしようそうしよう。みんなでもって食おうとした時にオレがパタパタって帰ってきたんで、てめえら大慌てに慌てたろ! なんだ、博テメエ、皿をこの下に隠したな。で、今出したろ!そっから!」
博「い、いや…、あれは、あれはですね…」
寅「あれは、なんなんだい!」
さくら「お兄ちゃん、いい加減にしてよ…。勘定に入れなかったことは謝るから、ね。ごめんなさい」
寅「さくら、いいか、オレはたったひとりのお前の兄ちゃんだぞ。その兄ちゃんを勘定に入れなかった、ごめんなさいですむと思ってんのか!おまえ、そんなに心の冷たい女か!」
さくら「何よ!メロン一切れくらいのことで。みっともないわね、もう」
寅「何をぉ~~!?」
堪忍袋の緒が切れるおいちゃん、財布を取り出す。
おいちゃん「寅!おまえ、そんなにメロンが食いたかったらな、一切れとは言わねえ。これで買ってきて、頭からガリガリガリガリ、まるごとかじれ!」
財布からお札を取り出し、寅に向かってお札を投げつけるおいちゃん。
寅「バカヤロウ!オレの言ってるのはメロン一切れのこと言ってるんじゃないんだよ!この家(や)の人間の心のあり方についてオレは言ってるんだ!」
おいちゃん「一人前なこと言いやがって、おまえ!」
寅に向かって物を投げつけるおいちゃん。
寅「うあー!チキショウ!」
さくら「お兄ちゃん、やめてぇ!」
博「兄さんやめてくださいよぉ~!」
寅「よおし!!」
おばちゃん「んっもう~~~メロンなんか貰うんじゃなかったよ~ うえぇ~~~ん、うぇ~~~~ん」
…ご存じ、メロン騒動の一幕。
最後の最後に、「メロンなんか貰うんじゃなかったよ~」と嘆くおばちゃんのセリフが可笑しい。
寅次郎の被害妄想ぶりが招くこの騒動は、誰にでも思いあたるふしがあるからこそ、可笑しいのである。
とくに、「オレの言ってるのはメロン一切れのこと言ってるんじゃないんだよ!この家(や)の人間の心のあり方についてオレは言ってるんだ!」というセリフは、決してメロンが食べられなかったことを怨んでいるのではない、と、自己を正当化しているように聞こえて、たまらなく面白い。
私は、寅次郎の気持ちが、手にとるようにわかる。だからこの「メロン騒動」は、私にとっての「被害妄想の教科書」である。
子供の頃から私は、食い意地がはっていた。
いまでもたまに母親に、「あんた、小さい頃、うっかりあんたのおかずを食べてしまったら、『いま食べたもの、口から出せ!』と言ったわよね」と言われる。自分は覚えていないのだが。
大人になってからも、「ははぁん、さてはあいつら、俺のいないところで寿司食ってたな」と、妄想を膨らませることがある。食べ物に執着する性格は、いまも脈々と続いているようである。
…あれ?まだ芋煮のことを引きずっているのか?
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