鍋を囲んだ夜
先日の同僚との宴会で、隣にいた、私より10歳ほど年上の同僚が言った。
「若いってのはいいですねえ。学生との距離も近いし。僕なんか、年々学生との距離が離れていくばっかりで…」
このときの宴会の主役である、30代半ばの同僚に向けての言葉である。私も最近、そのことを痛感していたので、大きくうなづいた。
「君の年齢でそうかね?」と、その向かいに座っていた、私より15歳ほど年上の、ベテランの同僚が口をはさむ。「ボクなんてのはねえ、今でも学生との距離は近いよ」
そうやって自信をもって言える同僚を、うらやましく思った。とくにここ最近の私は、とてもそんなことを言えるような状況ではない。
そんな会話を聞きながら、10年近く前に在学していた、H君のことを思い出した。
H君は、バスケ部に所属していた体育会系の男子学生である。硬派で、最初は世の中を斜に構えて見ているような感じの学生だろうか、と、なんとなく近寄りがたい感じがしたのだが、実際に話してみると、人間に対する共感に溢れ、内側に熱い思いを秘めた学生なんだな、というのが、次第にわかってきた。学校の先生になることが、何よりの夢だった。
あれは、いつだったか。たぶん、卒業を控えた冬のことだったか、と思う。
学生たちが集まって、職場の一室で、鍋をしようということになり、私もその席に呼ばれた。ほんの10年ほど前までは、そんな牧歌的な時代だった。
お鍋をつつきながらお酒を飲んだりしていると、H君が私に言った。
「先生、ちょっと廊下に出て話しませんか」
お酒のグラスを持って、寒くて暗い廊下に出た。
「先生」
「どうした?」
「先生は大学時代、どんな恋愛をしたんですか?」
だしぬけに聞かれたので、ビックリした。
何と答えていいのか、考えあぐねていると、H君が続けた。
「じゃあ、先生は、奥さんとどうやって知り合ったんですか?どういうきっかけで、結婚しようと思ったんですか?」
こういう質問をする場合、たいていは、というか、ほぼ間違いなく、質問する側が現在「そういう悩み」を抱えている、ということである。
「なんだなんだ、最近、何かあったのか?」
そこから先の会話は、覚えていない。そのとき、そうとう酔っていたので、饒舌に何か喋った、という記憶だけはある。
鍋をやっている部屋からは明かりが漏れている。中では、学生たちがかなり盛り上がっている。
そのうち、トイレに行くために部屋から出て来た女子学生が、廊下で話し込んでいる私たちを見つけた。
「あらあら、2人で何話してるの?H君!先生になに相談してるのよ~」
「っるせえよ!…先生、そろそろ戻りましょう」
「そうだな」
何ごともなかったかのように部屋に戻り、ふたたびみんなでワイワイと盛り上がった。
卒業後、H君は隣県の学校の先生になった。誰よりも共感力の強い学生だったから、生徒に愛されている先生として、今も頑張っていることだろう。
そして昨年、職場で知り合った女性と結婚したと、風の便りで知った。
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