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「青い山脈」と「花は咲く」

11月23日(金)

「昨年の震災は、老人の身にはこたえました」

傘寿をお祝いする会の最後の挨拶で、恩師はそうおっしゃった。

「津波が、人命だけでなく、営々と築き上げてきた歴史や文化までをも、一瞬にして飲み込んでしまった」

恩師が、ポツリポツリとお話になる。

「いったい俺は、いままで何をしてきたのだろう。将来に何を残せるのだろう…そんな思いにとらわれました」

折り目正しい紳士である恩師が、ご自身を「私」ではなく「俺」とおっしゃっているのが、はっきりとわかった。

「先日、私の故郷の高校に行ってきました」

恩師は、東北地方の内陸部の出身である。

「そこで、コーラス部が、『青い山脈』と『花は咲く』を歌ってくれたんです」

「青い山脈」は、作家の石坂洋次郎が書いた青春小説で、のちに映画化され、そのときの主題歌(西條八十作詞、服部良一作曲)も国民的な流行歌になった。石坂洋次郎は、青森県弘前市の出身だが、戦前は恩師の郷里の高校で教師をしていた。

「ちょうど、映画が公開されたときに、私は高校生でして、地元の映画館に見に行きました。池辺良、原節子が出ていました」

まさに恩師にとっての「青春映画」である。しかも、母校にゆかりの深い石坂洋次郎の原作である。そこから私は、「青い山脈」に対する恩師の思い入れの深さを想像したのだった。

「あの歌の2番の出だしが『古い上衣よ さようなら さみしい夢よ さようなら』という歌詞でして、まさにあの歌詞が、当時の私自身そのものだったのです」

恩師は「学究肌」という表現がピッタリの厳格な先生で、私は学問をしているとき以外の先生のお姿を知らない。いつも背広姿の紳士で、ふだんは余計なことをおっしゃらない、物静かな先生であった。実を言うと、私は恩師と、ほとんど会話を交わしたことがない。だから私にとっては、恩師のいまお話になっている内容は、意外だった。

「もう一曲の、『花は咲く』。こちらの方は、震災の後につくられた歌でして…」

震災後、テレビをほとんど見ていない私は、恥ずかしながらこの歌のことを知らなかった。

「この中に、『花は咲く いつか生まれる君に 花は咲く 私は何を残しただろう』という歌詞がありましてね。この歌詞が、老人の身にはこたえました。いったい私は、何を残したのだろう、と」

会場は静寂に包まれた。

「…近ごろ、そんなことを考えては思い悩むのです。でも結局は、自分がいままでやってきたことを伝えていくしかないのだろう、と。いまはそんなふうに考えて、残りの人生を生きようと思っています」

唐突に思えた「青い山脈」と「花は咲く」のエピソードは、恩師の「青春時代」と「今」の心境を知るに的確かつ十分なものであった。何より、恩師の人柄を十二分にあらわしていた。恩師の学問の基礎に「人間に対する深い共感」があることに、私は今さらながら気づいたのである。

この恩師に、人間性という意味で越えることのできる弟子は、この会場には1人もいないだろう、と私は思った。

恩師の言葉を正確に再現することはできなかったが、私自身の心覚えのために、ここに記しておく。

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