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世界が違って見えるとき

1月16日(水)

私には、「あること」と「あること」に対して感情的、情緒的に過ぎるきらいがあって、この数日間、たまたまその2つのことが重なったものだから、感情をまわりに押しつけすぎて不快な思いを与えなかっただろうか、という加害妄想にとらわれ、ひどく鬱になった。

あまり文章を書く気力もないので、以前あるところに書いた文章を、かなり手を加えて転載する。

韓国滞在中、へこたれそうになると思い出すエピソードがありました。

むかし、TBSという放送局の社員が、日本人で初めて、ロシアのロケットに乗って、宇宙に行きました。そのときまったく無名だった、ひとりの記者のおじさんが、突然、宇宙飛行士として一躍有名になりました。たぶん、今の私と同じくらいの年齢の人だったと思います。

TBSでは、社をあげて、宇宙飛行士になった社員を取り上げ、もりたてました。だってそうでしょう。TBSからしたら、社員が宇宙飛行士になったわけですから、その話題を独占することができるのです。

その社員は、宇宙から帰還したのちも、しばらくテレビでひっぱりだこでした。何たって、日本人で初めて宇宙に行った人なのですから。

ところが、です。

その社員は、それからほどなくして、TBSをやめて、田舎に移り住んで、お百姓さんになりました。

私は最初それを聞いて、なんてもったいないのだろう、と思いました。

そのままTBSにいれば、宇宙飛行を体験した記者として、華々しい出世もできただろうに、と。でも彼は、それをしなかったんですね。

では彼は、宇宙へ行って、何も得なかったのでしょうか?

いいえ、違います。彼は、数年経って、自分がやるべきことに、ようやく気づいたのです。たぶんそれは、宇宙へ行ったからこそ、気づくことができたことだったのだと思います。

世俗で得られる地位や名声など、宇宙に行ったことにくらべれば、何ほどのものでもなかったのです。

私は韓国留学中、

「ひょっとして、留学中の1年間は、その後の自分のキャリアにまったく生かせないまま終わってしまうのではないだろうか?」

その不安が、いつもありました。なにしろ、いろいろなところから、「成果」を求められていましたから、そのプレッシャーに押しつぶされそうになったのです。

でもそんなとき私は、このエピソードのことをいつも考えました。

たとえこの先、目に見える成果が上がらなくとも、韓国で感じたことは、必ずどこかで生きてくる。

むしろ、韓国で感じたことが、その後のものの考えの基準になるのだ、と。

一生懸命に勉強することもたしかに大事ですが、もっと大事なことは、韓国でどんなことを感じるか、なのです。

韓国から帰ってからすぐの段階では、成果が目にみえないことへの不安が常に付きまとっていましたが、しばらくたって、私が身を置く業界の潮流とか、職場のゴタゴタとか、そんなことはどうでもよくなりました。宇宙に行った記者の心境と、少し似たところがあります。

「水曜どうでしょう」という番組に出ていたタレントの鈴井貴之、という人が、数年前、「映画監督の勉強」のために、韓国に1年間留学したのですが、自分の無力さを痛感し、このまま表現者としてこの道を歩むべきかどうか、帰国後もしばらくの間悩んで、何もできなかった、と、彼の著書『ダメダメ人間』の中で書いています。私もその気持ちはよくわかりました。

周りも、そして自分自身も、知らず知らずのうちに何らかの「成果」を求めてしまっているのだと思います。しかし「成果」などというのは、そんなに早く出るものではありません。帰国後に、長い時間をかけて頭の中を整理して、ようやくわかるものです。

さて、いま鈴井さんは、何をしているかというと、北海道の田舎に移り住んで、田舎暮らしをしているそうです。荒れ地を整地する、という作業は、すぐに成果が出るわけでもなく、誰に評価されるわけでもない。強いて言えば、「お天道様」のみが知っている。

韓国留学と田舎暮らしは、直接関係ないのかもしれないけれど、意識の深いところで、影響を与えているように思うのです。

世界がそれまでとは違って見えたとき、それまでの価値観がくずれ、ゆるがない価値観、つまり、「お天道様が見ている」という価値観に、憧れるのかもしれません。

翻ってみると私は、韓国の留学体験と震災を通じて、それまで見ていた世界が、まるで違うものに見えてきました。

さあ、私はこれからどうしましょうかね。

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