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火をつける仕事

1月23日(水)

部局の同僚たちの前で、研修会という名目で、あるテーマについて話をすることになった。

怠惰なこの私でも、職場の中で、自分が取り組むべきライフワークというのを、勝手に決めていて、その仕事だけは、自分がどんな立場にいようと、真剣に取り組もう、と心に決めている。

しかしその仕事は、どれほど熱心にしたとしても、ほとんどの同僚の関心をよぶものではなく、多くの場合、理解されないまま、見過ごされてしまうのである。だから、ときどき心が折れてしまう。

今回、自分が今まで取り組んできたその仕事の話を、同僚たちの前で話すことになった。どれだけ理解されるだろうか、と、直前まで不安で不安で仕方がなかった。

話の冒頭に次のように言った。

「今日、お配りしたチラシを、ぜひ、みなさんの仕事部屋の前に貼ってください」

私は、同僚の全員に、今回のテーマに直接関わるチラシを配布したのであった。私が以前作成に関わった啓発用のチラシである。もし、これから話す私の話に、少しでも心が動かされたら、そのチラシをドアの前に貼ってもらえるだろう、と思ったのである。

…なんか、「幸福の黄色いハンカチ」みたいだな。

とにかく、わずか20分だったが、自分が思っていることを同僚たちの前でお話しした。

どれだけ伝わっているか不安であった。研修会が終わってからも、誰ひとりねぎらいの言葉をかけてくれなかったことが、さらにその不安を増大させた。私は誰とも目を合わせることなく、終わるとすぐに会議室を出た。

翌日(24日)。

午前、廊下を歩いていると、ある職員の方とすれ違った。

「昨日はお疲れさまでした」その方も、昨日の私の話を聴いていた。

「勝手な話ばかり言ってすみませんでした」

「何を言うんです。…あのあと、先生からもらった講演録、読みましたよ」

昨日の研修会では、私が以前まとめた、ある方の講演録を参考資料として配布していて、「あとで必ず読んでおいてください」と、同僚たちにお願いしたのだった。だが「あとで必ず読んでおいてください」と言って、読んだ試しはないから、たぶんほとんどの人は、読まないだろうなあ、と、すっかりあきらめていたのである。

「そうでしたか。ありがとうございます」

少なくとも1人は読んでくれた、ということである。

さて、夜になった。

ほとんど誰もいない部局の建物で、私にはやるべきことが残っていた。

それは、「いったい何人の同僚が、あのチラシをドアの前に貼ってくれたか?」について、調べることである!

「あたしも悪い男でねえ」

というセリフは、たしか「刑事コロンボ」のどこかの回で、犯人に罠をかけて自白させたコロンボが、最後に言うセリフだったと記憶しているが、記憶違いかも知れない。

「ぜひ仕事部屋の前に貼ってくさい」とお願いしたのは、私の話にいったい何人の人が共感したかを、調べるためであった。つまり、同僚たちの「共感する力」をはかるためである。

先日おこなったイベントでは、告知のチラシを貼ってくれたのは、わずか2名であった。

それを考えると、今回も絶望的である。

夜回り先生のように、建物内を歩きまわって確認する。

全部で5名。5名か…。

同僚全体の数からすれば、1割にも満たない。だが、誰もチラシを貼ろうとしない中にあって、貼ってくれたというのは、むしろ勇気ある5人というべきであろう。私は5名の名前を胸に刻んだ。

この仕事に一緒にとりくんでいる同僚からメールが来た。

「昨日の研修会の資料を担当の上司に送ったら、来年度は、仕切り直してこの仕事に力を入れたい、とメールが来ました。この機会を利用しましょう」

そうか。

5名は決して多いとはいえないが、それでも、それまでゼロだったものが、5名に増えたのである。

そして、担当の上司の心にも火をつけた。避けられがち、埋もれがちなこの仕事に、もう一度本腰を入れてとりくもう、と言ってくれたのである。

はじめて気づく。この職場では、火をつけることが私の仕事なのだ。

それが、この職場で私がやるべき仕事なのだ。

しかし、風が吹けば、簡単に火は消えてしまう。

消えないように、しつこくしつこく、火をともさなければならない。

消えてしまいがちな火であればあるほど、あきらめずにともし続けなければならない。

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