生きる希望の原点
渥美清の死とともに、映画「男はつらいよ」シリーズは終焉を迎えるが、その後1本だけ、「特別編」と称して、再編集された作品が劇場公開された。それが、「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花」である。
「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花」は、浅丘ルリ子演じるリリーが登場する三部作(「忘れな草」「相合い傘」「ハイビスカスの花」)の最終作である。
ファンの間では、48作品のうち、なぜこの作品が、わざわざ再編集されて公開される1本に選ばれたのか、今でも謎とされている。
寅次郎にとって最も印象深い女性であるリリー(浅丘ルリ子)が登場する作品だからだ、というのはよくわかる。だが最高傑作という点でいえば、同じリリー(浅丘ルリ子)が登場する「男はつらいよ 寅次郎相合い傘」の方であることは、万人が認めるところである。
それにリリーが登場する作品以外にも、「ハイビスカスの花」よりも評価の高い作品は、いくつもあるのだ。
ではなぜ「ハイビスカスの花」なのか?
ドサ回りの歌手・リリーが沖縄のキャバレーで歌っている最中に、血を吐いて倒れ、病院に入院する。生きる希望を失ったリリーは、せめて最後に寅さんに会いたいと、柴又の「とら屋」に速達で手紙を出す。
速達でリリーの病気のことを知った寅次郎は、居ても立ってもいられなくなり、苦手な飛行機を克服して、すぐさま沖縄に向かう。そしてリリーと再会する。
冒頭から始まり、寅次郎が沖縄の病院でリリーに再会するまでの展開は、じつに秀逸である。リリーに対する寅次郎の思い、そしてそれを後押しする、とら屋の一家や柴又の人たちが、細やかに描かれている。
この世でひとりぼっちだと思いこみ、死を覚悟していたリリーは、息をはずませて見舞いに駆けつけてくれた寅次郎と再会し、とら屋や柴又の人々の思いやりに気づき、生きる希望を見いだすのである。
寅次郎が静かに語りかける。
「お前も、沖縄まで来て、病気してよ。どんな苦労したんだ…。ん?」
「……」答えないリリー。
「…ま、あんまり喋ると病気に障るか…夢なんか見ねえでぐっすり寝ろよ」
このときの浅丘ルリ子の表情がまた、素晴らしい。
その後、病気が回復したリリーは、沖縄で寅次郎としばしの間、一緒に暮らすのだが、このあたりの展開は、中だるみみたいな感じになって、残念ながら私はあまり好きではない。
そして例によって、寅次郎とリリーは結ばれることなく終わりを迎える。
ラストシーン。
旅先のバス停で、寅次郎が偶然、リリーと再会する。
突然、目の前に現れたリリーに驚く寅次郎は、リリーに向かってゆっくりと語りかける。
「…どこかでお目にかかったお顔ですが、ねえさん、どこのどなたです?」
リリーの切り返しがまた、素晴らしい。
「以前おにいさんにお世話になった女ですよ」
「はて、こんないい女をお世話した覚えは…ございませんが」
「ございませんか?この薄情者!」
芝居じみた会話に大笑いする2人。
「何してんだお前、こんなところで」
「商売だよ。おにいさんこそ何してんのさ、こんなところで」
「俺はおめえ、リリーの夢を見てたのよ」
シリーズ中、屈指の名ラストシーンである。
居ても立ってもいられなくなり、駆けつける寅次郎。
それが、リリーに生きる希望を与えたのだ。
シリーズ最後の作品「寅次郎紅の花」で、寅次郎は阪神淡路大震災の被災地を訪れる。寅さんに来てもらうことは、被災地の人々のたっての願いだった、と言われているが、寅次郎が駆けつけることは、人々に生きる希望を与えたのかもしれない。
そしてその原点となった作品が、この「寅次郎ハイビスカスの花」だったのではないだろうか。
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