渥美清とハナ肇
またか、と思われるかも知れないが。
初期の山田洋次監督作品は、ハナ肇を主役にすえた喜劇、いわゆる「馬鹿シリーズ」が大当たりした。「馬鹿まるだし」「いいかげん馬鹿」「馬鹿が戦車(タンク)でやって来る」である。
しかしある時期から、山田洋次監督は、渥美清を主役にすえた喜劇を作り始める。「男はつらいよ」の第1作が公開されたのは、1969年のことであった。それ以降、ハナ肇を主役とする喜劇作品は、まったく作らなくなる。「男はつらいよ」シリーズに、ハナ肇が出演することもなかった。
このあたりから、渥美清とハナ肇の確執、というのが生まれる。
このへんの細かな人間模様については、小林信彦『おかしな男 渥美清』(新潮文庫)に詳しい。
想像するに、山田監督は、ハナ肇の演ずる、豪快で粗暴な人物を喜劇の主役にすえることから、渥美清の演ずる、内省的な人物を喜劇の主役にすえることへ、方向転換をはかったのではないだろうか。
しかし、山田監督は、ハナ肇をまったく使わなくなったのかというと、そうではない。
映画「遙かなる山の呼び声」(1980年公開、高倉健主演)で、ハナ肇は、実にすばらしい芝居をする。彼でなければできない芝居である。ラストシーンの彼のセリフは、この映画の最大の見せ場であり、日本の映画史に残る感動的なものである。
ちなみにこの映画では、渥美清も特別出演しているが、ほんのワンシーンだけで、ほとんど記憶に残らない。それに、ハナ肇とのからみも、当然ながら、ないのである。
山田監督の映画ではほかに、「キネマの天地」(1986年)で、渥美清とハナ肇が出演しているが、この映画は、渥美清の映画であり、ハナ肇は、ほんのワンシーンだけの出演である。ここでも2人がからんでいるシーンはなく、のちのちまで、2人の確執は続いたのだろうと想像される。かくして、渥美清とハナ肇は、同じ画面で「共演」することはなかった。
しかし、たった1度だけ、2人が同じ画面で「共演」したことがある。
それは、1966年公開の「運が良けりゃ」である。
江戸の古典落語を下敷きにした時代喜劇で、山田監督初の時代劇作品である。
このときの渥美清の芝居は、「怪演」ともいうべきもので、主役のハナ肇を完全に凌駕しようとする「野心」が見てとれる。
このとき、ハナ肇と渥美清の間には、どんな火花が散ったのだろうか?
その2年後の1968年、「ハナ肇の一発大冒険」を最後に、山田洋次監督によるハナ肇喜劇映画は作られなくなり、さらにその翌年の1969年、「男はつらいよ」の第1作が始まるのである。
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