世界に一つだけのネクタイピン
3月25日(月)
卒業祝賀会の日。
もちろんおめでたい日であるが、儀式ばったことが嫌いな私には、どことなく憂鬱である。
たいていの場合、いたたまれなくなって、早引きしてしまう。
今年もその予想が的中した。
祝賀会が行われる大きなパーティー会場には円卓がいくつも並べられており、一つの円卓に10人程度が座るようになっている。
困るのは、席が自由席になっていることである。今年は知っている学生がほとんどいなかったせいもあり、ボーッとしている間に、全然知らない保護者の方々の間に挟まれて座る羽目になった。
いつも思うのだが、卒業祝賀会に保護者が出席するという感覚が、私にはよくわからない。娘の親ならまだ何となくわかるのだが、息子の卒業祝賀会に母親が一緒に出るって、どうなのだろう?
私が息子だったら、「来んじゃねえよ!」と絶対に拒否するところだが、どうも時代は変わったらしい。一生に一度のことなのだから、やはりお祝いしたいということなのだろう。
まあ、そんなヒネクレたことを思ってばかりいるから、誰に話しかけることもなく終わってしまうんだな。今年もまたいたたまれなくなり、デザートが出たあとでそそくさと帰ることにした。
今年のメインは、むしろ祝賀会が始まる前である。
3階の祝賀会場の前で手持ち無沙汰で立っていると、Cさんがやって来た。
「うちの両親が先生にご挨拶したいと、1階のロビーで待っています」
1階のロビーに降りていって、ご両親にご挨拶する。
絵に描いたような、ナイスミドルのご夫婦である!
世の中に、こんなナイスミドルのご夫婦がいたんだなあ。
「うちの娘がお世話になりました。これ、うちの地元のお酒と、お菓子です」
と、紙袋をいただいた。
あとで開けてみると、和菓子は以前、Cさんが持ってきてくれた、Cさんの地元のお菓子屋さんの「カフェ・オー・レ大福」である!
初めて食べたとき、あまりの美味しさに衝撃を受けた。
「あの大福が、もう一度食べたいなあ」と、先日Cさんに言ったところ、なんと、ご両親がわざわざお持ちいただいたのである。私はひたすら恐縮した。
考えてみれば、Cさんの「甘いお菓子」に対するセンスは抜群であった。これから、その情報が聞けなくなるかと思うと、少し寂しい。
再び3階に上がるが、祝賀会はまだ始まらない。
こんどはCさんを含めて、私が卒論を指導した学生4人がやってきた。
すでにN君は泥酔状態である。
「大丈夫か?どこで飲んだの?」
「卒業式が終わったあと、公園で飲みました。ヒック」
N君の周囲半径2メートルくらいはすでに酒臭く、N君はまるでコントに出てくる酔っ払いのような千鳥足である。
「大丈夫か?」
「大丈夫です。全然酔ってませんから。ヒック」
やはりコントに出てくる酔っ払いだ。
N君は4月から東京の都心に移り住み、生き馬の目を抜く業界で、たぶんこれからもこんな感じでやっていくのだろう。
「先生、お世話になりました」4月から地元の近くの銀行に勤めるO君。
「本来だったら、(この学年のリーダーの)Nから渡すべきなんですが、ご覧の通りこんな感じなんで、代わりに僕からです」
「ヒック」
たしかにN君では無理だな。
「開けてみてください」
小さな箱を受け取り、中を開けてみると、ネクタイピンが入っていた。
「そこに字が彫ってあるでしょう。何て書いてあるか読んでみてください」
「ちょっと待って。オレ、老眼なんだよ」
だが絶対に眼鏡を外すもんか!と、ネクタイピンに彫られている小さな文字を、目を凝らして見てみると、だんだん焦点が合ってきた。
「キョスニム」!
世界に一つしかない、「キョスニム」と彫られたネクタイピンである!
「キョスニム」とは、韓国語で「教授様」の意味である。韓国留学中、私はずっとそう呼ばれ、これがあだ名のようになっていた。カタカナで書く「キョスニム」は、日本でももう完全に、私のあだ名である。
「ありがとう」
私は汗を拭くふりをして、涙を拭いた。
「この話、絶対にブログに載せてくださいよ」とCさん。
Cさん、約束通り、ブログに載せましたからね。
卒業おめでとう!
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