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いよっ!アベック!

3月30日(土)

高校時代のブラスバンド部の飲み会に、結局参加することにした。

場所は新宿の高層ビル街にあるビルの29階にある、少しこじゃれたお店である。

東京の夜景が一望できるように、窓に向かって座るカウンター席がしつらえていて、そこには若いカップルたちが座っている。

その店の奥まったところにあるスペースが、我々の座席である。

店に到着すると、すでに5人ほどがいた。私を含めて全部で8名が、今日のメンバーだという。

この8名のなかで、私と同期はSだけである。あとは、私の1学年下の後輩たち。

Sは、ここでもたびたび登場する「ミヤモトさんサミット」の議長である。

彼は本当にフットワークが軽いというか、こういう飲み会には、必ずといっていいほど参加する。ヒマなのか?とも思ったが、そうではない。彼は誰よりも高校時代にノスタルジーを感じている。それにそもそもが「義理堅い」人間なのだ。ここ最近、Sと飲む機会が増えて気づいたことである。

だから最近はSと飲むととても安心するのだ。

8名でいろいろと話していると、突然、店の電気が消えた。店全体が真っ暗になったのである。

何だ何だ?停電か?

さにあらず。

店員が、窓に向かって座っている1組のカップルに、ろうそくに火をともしたホールケーキを持ってきたのである。

まあ、若いカップルの男の方が、今日は彼女の誕生日だというので、夜景の見えるこのお店を予約して、それだけでなく、誕生日のケーキも準備して、彼女を驚かせようとしたんだろうな。

その演出に、我々も巻き込まれた、というわけである。

われわれオッサンオバサン連中からしたら、こっぱずかしいことこの上ない演出なのだが、見方によっては微笑ましくもある。

ケーキを受けとった2人に、お店中の客が拍手をした。

そのとき、Sがその2人に向かって大声で叫んだ。

「いよっ!アベック!」

アベック???

「おいおい、『アベック』って、死語だぞ!なんだい、いまどき『アベック』って!」

私がツッコむと、みんなが大笑いした。

「たしかに『アベック』って、いま使わないな。あれってそもそも、何語なんだ?」Sが言う。

「あれはフランス語だよ」と私。「英語でいう『WITH』の意味だ。つまり、『~といっしょに』という意味」

「本当かよ、俺たちが知らないと思って、テキトーなこと言ってんじゃないか?」みんなが私を疑う。

「本当だよ。むかし坂本龍一が『アベック・ピアノ』というカセットブックを出して、そのタイトルの意味が『ピアノと一緒に』という意味だ、と聞いたことがある。それで覚えたんだ。だからフランスでは、カップルのことを『アベック』とは言わないんだぜ」

「じゃあ、なんて言うんだ?」

「『ル・クプル』じゃないか?むかしそんな歌手がいただろう?」

「なるほどねえ。『アベック』で思い出したんだが」Sが続けた。「むかし、いまのカミさんとつきあっていた頃、新宿の、そう、ちょうどこの近くの公園をデートで歩いていてね」

「ほう」

「そうしたら、陸橋の上から、知らないオッサンに『いよっ!アベック!!』と、大声で声をかけられたことがあってね」

「へえ」

「それをいま急に思い出してね。それで俺も、同じように彼らに声をかけてみたんだ」

「なるほどねえ」

いまや俺たちは、若いアベック、いや、カップルを冷やかす側にまわってしまったか。

Sも私も、若いカップルをつい「アベック」と呼んでしまう、普通のオッサンである。

久しぶりに、2次会まで行って、2人で焼酎をガンガン飲んだ。

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