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雨ふり小僧は見えるか

4月19日(金)

先日、職場の会議で、「憂慮すべき重大なこと」に気づき、発言したところ、その場にいた数十人の誰からも、何の反応もなかった。

(あれえぇぇぇ??オレだけにしか見えないのか??)

私しか問題にしなかったということは、それほどたいした問題じゃないのか?と不安になり、あとで妻に電話で話してみたところ、妻も私と同意見だったので、一安心。

まあこんなことはよくあることなので、今さらどうということはない。

それで思い出した。

手塚治虫先生の短編漫画に、「雨ふり小僧」という作品がある。

田舎の分校に通う中学生の「モウ太」といういじめられっ子の少年がいた。あるとき橋の下で、傘をかぶった妖怪「雨ふり小僧」に出会う。

雨ふり小僧と友達になったモウ太。だが雨ふり小僧は、モウ太にしか見えない。ほかの誰にも、雨ふり小僧は見えないのである。

雨ふり小僧は、どこへでも雨を降らせることができるという、不思議な力を持っている。

こうしてモウ太は、自分にしか見えない雨ふり小僧という友達を得ることになる。

3つの願いを叶えてくれることとひきかえに、モウ太は、雨ふり小僧に長靴をあげることを約束するが、その約束を忘れたまま、遠くの町に引っ越してしまう。

それから40年の月日が流れる。

すっかり立派な大人になったモウ太は、あるとき突然、あのときの約束を思い出す。

長靴を持って急いであの橋の下に駆けつけると、そこにはボロボロになった雨ふり小僧がいた。

「四十年もここで待ってたのかい!?」

「ウン」

雨ふり小僧は長靴を受け取ると、すっかり大人になってしまったモウ太の前から姿を消し、二度と姿を現すことはなかった。

したり顔の大人にも、いじめっ子にも見えないが、モウ太にだけは見える「雨ふり小僧」。

手塚先生にも見えていたんだろうな、と、このごろ思う。

この「雨ふり小僧」は、落語家・立川談志が生涯愛してやまなかった作品でもある。

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アニメ・コミック」カテゴリの記事

コメント

鬼瓦 (どん) 異議ありっ!

上役 ちょっと待ってください。断りなしに研究室内の持ち物が捨てられてしまったから、学内の清掃体制を見直せとおっしゃられたのは、先生の方ですよ。

鬼瓦 私は、学内に散在する学術資料を展示するための「いんたーめでてーな」の開設を提案しただけです。ミュージアムショップで展示品を即売し、売れ残りの紀要なんかを抱き合わせ販売すれば、在庫一掃も簡単ですし。

上役 お言葉ですが、学内の倉庫に死蔵されたガラクタを、さもありがたい物であるかのようにたてまつる、そんな観客をバカにした展示をする大学なぞ、一体どこにあるんですか。それこそ「そうとうめでてーな」。

鬼瓦 全然うまくない。で、それが何ですか、清掃体制の見直し策として、教員に輪番で掃除当番を割り当てるとは。これじゃまるで小学生の放課後だ。しかもご丁寧なことに、フルカラーの分厚い「お掃除マニュアル」に、ピンク色の雑巾と三角巾まで作ったという話じゃないですか。

事務方 それは、先日採択された「美しいトイレを活用した情操教育プロジェクト」の目玉事業である「トイレ掃除演習」のために作成したもので、掃除当番の話とは関係ございません。大体、その雑巾も、地域貢献の一環として職人さんが一枚一枚、ご当地の伝統的染料で染め上げたものです。

上役 そういえば、鬼瓦先生は今週は給食当番にもなっていますから、忘れないで下さいね。あと、兎のぴょんきち君の世話もよろしく。

鬼瓦 わーい、今日の献立はソフト麺にカレーシチュー、牛乳に混ぜてコーヒー味にする「ミルメイク」までついているーって、あのねえ、只でさえ原稿執筆が進んでいないのに、給食当番に飼育当番までさせるなんて、もう労働組合が黙っちゃいませんよ。

事務方 その点も大丈夫です。これまで別々に開いていた会議を「理事教授学部学科委員会プロジェクトワーキングチーム会議審議会」という形にまとめまして、月1回開催といたしましたので、掃除の時間は捻出できるものと確信しております。そのかわり、この会議は12時間以上の長丁場となりますので、あしからずご了承ください。

鬼瓦 19世紀の英国労働者かよ。そんなんじゃ、学内行政が滅茶苦茶になるでしょうが。

上役 いいえ、その点も抜かりありません。さきほどの「トイレ掃除演習」担当教授として、水道設備企業から選りすぐりのカリスマ社員を本学にお迎えしておりますので、学務分掌も一手に引き受けていただくことにしております。やはり「餅は餅屋」といいますか、事務仕事は今までより3倍速くはかどるかと。

同僚1 へえ、会議がなくなりゃ、楽になるなあ。掃除当番なんかサボればいいんだし。

同僚2 でもサボったことが見つかって、バケツ持って廊下に立たされたら結構恥ずかしいぞ。学生もその廊下を通る訳だし。

同僚1 職員室前での正座も結構つらい。

同僚3 なに言っているの。会議が少なくなれば、ますます上層部が何やってんだか、分からなくなるぞ。

同僚1 いや、その心配はない。教授と言っても元はトイレ会社の出向社員だ、いずれは漏れ出して、下へ流れてくる。


(追伸)
雨ふり小僧の話って、「ソラ脳」コーナーの蟻の話にそっくりですな。

投稿: 文学部唯野こぶぎ | 2013年4月23日 (火) 02時52分

唯野 (どん)異議ありっ!

上役 (呆れた調子で)今度は何です?

唯野 何ですか、この不祥事撲滅対策チームの報告書は!

上役 わが職場では不祥事が続いているので、しかるべき専門家を集めて対策チームを立ち上げて、1カ月ほどかけて、その原因と防止対策をまとめたのです。すでに新聞報道もされています。

唯野 それが問題なのです。不祥事が多発する原因が、「学生がトイレ掃除をしないからだ」という結論は、あまりにも非科学的で、非論理的です。

上役 そんなことはありません。トイレ掃除は情操教育に不可欠なものです。だから「美しいトイレを活用した情操教育プロジェクト」を立ち上げて、「トイレ掃除実習」をすることになったんじゃありませんか。

唯野 それに、しかるべき専門家って誰です?私が調べたところでは、企業のリスクマネジメントの専門家ではありませんか。

上役 そうですよ。それが何か?

唯野 つまりは、組織の責任を回避するための報告書ってことでしょう?

上役 いえ違いますよ。

唯野 じゃあ何です?

上役 原因はトイレだと言ったでしょう。水に流してもらうための報告書です。

…こぶぎさん、2人で『新・文学部唯野教授』という小説を書きましょうよ(笑)。

(追伸)たしかに「ソラ脳」コーナーの蟻の話は、雨ふり小僧そのものですね。

投稿: onigawaragonzou | 2013年4月23日 (火) 22時34分

報告書

 昨年、原稿の締切を平然と破る大学教員が多発したという由々しき事態が生じた。いうまでもなく、約束を守るというのは社会人の最低のルールであり、三歳児はおろか、忠犬ハチ公の類だって簡単にできることである。にもかかわらず、編集者や他の執筆者に散々迷惑をかけていながら、自分はバカ長いブログ記事ばかりを書いて、うつつを抜かしているなど、笑止千万の話である。

 グローバル社会においては、大学人が「今回だけ見逃して」と許されることは一切ない。倫理なき者は同情を得ることなく強制排除される。正しく生きない者に、未来など切り開けないのである。

 このような原稿締切破り犯の撲滅を図るため、本プロジェクトでは典型的な締切破り常習犯の大学教員(プライバシー保護のため、ここでは「0(オー)」とイニシャルで記述する)の言い訳メールや編集担当者の留守番電話内容を事例分析した。

 その結果、規範意識の未熟さ、自分の行為がもたらす結果に対しての予見不足、責任感の不足といった傾向が明らかとなった。すなわち、規範意識が未熟であるため、そもそも何が悪いことなのかの認識が育っていない。そして、未熟さゆえに自分が不祥事を起こすと、その結果として自分自身がどんな不利益を被るのかを予見できない。加えて、周囲に対してどのような迷惑をかけるのかも予見できないため、自分の行為に責任を取ることができないのである。

 なぜ、規範意識が未熟なのかについての原因解明は、医学的な側面や心理的な側面などを検討していく必要があろうが、一つ考えられるのは、心理学的な発達段階でのつまずきである。上で取り上げた連続原稿締切破り魔「0」のブログ記事(注1)でも、ひがみ、つらみのネガティブ思考しか書いていないことを、本人自らが明記している。このことからもわかるように、幼少のころから、成長において、乗り越えるべき発達課題を乗り越えておらず、大学教員になっても未熟な部分が残ってしまったという仮説である。

 一般に、発達段階としては、愛着の形成や、しつけの習得、自我の形成段階などがある。これらのうち、「群れ」の段階でつまずくと、他者との関わりができないままになる。他者との関わりは社会的な行動の基本であることから、結果として社会的な規範意識が十分に育成されず、平気で嘘をつくようになる可能性がある。平成の大悪党、締切破り吉三(きちざ)とは俺のことだ、こと「0」のブログが「ファンタジー」という名の嘘と妄想で満ち溢れているのも、まさにこの証左に他ならない。

 今後の対策としては、規範意識を醸成するような取組みが求められる。たとえば、年に1本は規範意識に関する論文(反省文を兼ねる)の執筆を教員に課することである。しかしながら、規範意識と無縁の生活を長年送ってきた「体たらく」教員には、さらに具体的な取組みが必要であろう。

 周知のように、規範意識は親や友人など他者の振る舞いを「モデリング」、すなわち真似することによって習得される。そこで教員は自分を差し置いてでも、まずは、学生一人ひとりに対してルールを守ることの重要性と、万が一、不祥事を起こした場合、どのような結末になるのかを厳罰を以て体験させることが大切なのである。厳罰に処した学生のうな垂れる姿を眼前にして、初めて「この学生みたいになりたくないなあ」と他山の石にすることができ、教員自身もルールを守るようになるのである。

(注)
1 このコメントの書いてあるブログの記事を参照されたい。

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ぼく (ぽちぽち)よーし、書けたっと。

土佐司 いつもにも増して、ばかみたいに長いコメントですね、ご主人様。でも、他人の規範意識のなさを批判する前に、ネット文章のコピペだけで報告書を書いている、ご主人様自身の規範意識を疑うワン。

ぼく だって、全然別の話なのに、そのまま使えちゃうんだもん。

土佐司 それに、この文章を読んだ人のほとんどが、本当は対策なんか打つ気のないことに気付いてしまうワン。

ぼく そんなことないって。こんなに熱いパッションで、正しい道を説いたんだよ。

土佐司 そういう「元々ダメな子だから啓蒙してやるか」的な「上から目線」が、よくないんだワン。それに、不祥事多発といっても、全体に比べれば事件を起こした人はほんの一握りの人数だワン。でも、真面目に締切を守っている人にも同じお説教をしたら、大部分の人には、とばっちり以外の何物でもないワン。

ぼく 「ほめるときはみんな一緒に、叱るときは個別に呼んで」なんて、先生や上司をやっている人なら、常識の話だけどね。

土佐司 きっと、誰の助けになりたいのか、その方向を取り違えているんだワン。

ぼく それに、心理的要因以外の社会学的要因、たとえば職場の体制や慣習(特にお酒の飲み方)、その人の経済状態や家庭環境といった環境要因をもっと探って、そこを支援するような制度的改善策を早く打ち出したほうがいいよ。

土佐司 教員の中には、ご主人様の職場みたいに、もっと規範意識のゆるい職場でも締切を守る人だって多い。だとすれば、締切破りが増えた原因を、規範意識のような入学前に形成される医学・心理的要因に求めるより、入学以後の環境要因に求めた方が仮説として有望だし、具体的な対策だって取りやすいワン。

ぼく この「O」という人だって、規範意識を糺す以前に、単にブログと映画鑑賞に凝りすぎて、物理的時間が足りないという環境的要因の改善が急務だからね。

土佐司 まったく、コメントを書く身にもなってほしいワン。こんなに毎日、平気で嘘ばかり考えていたんじゃ、未来なんか切り開けないワン。

投稿: 文学部唯野こぶぎ | 2013年4月24日 (水) 18時34分

お見事!

ただ最近、コメント欄のハードルが上がりすぎです(笑)。お互い「コメント欄にに何を書くか」にばかり気をとられた生活になってしまいますので、今回はこれにてお開きといたしましょう。

じゃんじゃん!

投稿: onigawaragonzou | 2013年4月24日 (水) 21時24分

反省文

 このたびは、他人様のコメント欄で書きたい放題の不始末、大変申し訳ありませんでした。今思えば、まったく社会人としてあるまじき振る舞いでありまして、規範意識の未熟さを痛感しております。

 鬼瓦先生におかれましては、一人合宿に至るほど論文執筆で追い込まれていることはブログ記事から拝察しておりまして、お忙しいお仕事の合間に、忙中閑あり、クスリと笑って頂きたい一念で書いたコメントでありました。

 しかしながら図らずも、ほんの出来心から記者会見資料をネットで探して読んだ段階で「コメントの神様」が筆先に降臨してしまい、乱文駄文を重ねる次第となってしまいました。

 かえって鬼瓦先生にご負担をかける結果となってしまうとは、全く思いもつかないことで、自分の行為がもたらす結果に対しての予見が不足していたと猛省しております。

 今回の不祥事で、グローバル社会に生きる社会人としての責任感の不足を遅まきながら大変自覚しました。ご指導の通り、このコメント欄に書くことはもう止めまして、今後は、きれいな花のイラストを添えた自家製の絵ハガキにて感想をお送りすることにして、鬼瓦先生がお読みいただく際のご負担とならないように致す所存でおります。

 自分は、群れることが嫌いで、平気で嘘をつくような人間ですが、今回だけはどうかお許し頂けますよう、伏してお願い申し上げ奉ります。心の底から反省しております。

平成の平均(たいらひとし)こと、
こぶぎ

投稿: 反省こぶぎ | 2013年4月24日 (水) 22時47分

反省文

いえいえ、報告書のご指摘の通りでございます。

私こそ、原稿が待ったなしという状況なのに、矢野顕子のライブに出かけたり、またそのことを長々とブログに書いたりと、今思えば、まったく社会人としてあるまじき振る舞いでありまして、規範意識の未熟さを痛感しております。

今回の不祥事で、グローバル社会に生きる社会人としての責任感の不足を遅まきながら大変自覚しました。ご指導の通り、規範意識の未熟さを絵に描いたような、ひがみやつらみばかりのこのブログを書くことはもう止めまして、今後は、きれいな花や美味しい料理の写真だけを並べた「さわやかブログ」をめざす所存でございます。

どうか引き続きこのブログをお引き立ていただきますよう、伏してお願い申し上げます。私も、心の底から反省しております。

中等(なか ひとし)こと、
鬼瓦

投稿: onigawaragonzou | 2013年4月24日 (水) 23時16分

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