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綴じたい人

5月29日(水)

綴じる、で思い出した。

私は、何でもかんでも、何頁にもわたる「手引き」を作って、綴じるのが好きなようである。

いまはもう行われなくなったが、以前は年に1度、、大型バスを仕立てて、同じ分野の何人かの同僚とで学生を引率して、1泊2日の実習旅行を企画したことがあった。

その時、たいてい私が計画を立て、何頁にもわたる「旅のしおり」を作って、みんなに配っていた。さながら旅行業者のようである。

授業でもそうである。

専門課程の「演習」という形式の授業では、学期の始めに「演習の手引き」というのを配る。その手引きも、毎年改変を加えて、いまでは何とB5版の2段組縦書きで、40頁にもわたる「手引き」になってしまった。

こうなると、もう読む気が失せるというものである。

たぶん、こういうのを作るのを厭わないのは、「マニュアル世代」だからでしょうな。

つい最近では、昨年担当した授業の「記録」を残そう、と思い立った。

その授業というのは、入学したばかりの1年生を対象にした演習で、文章の書き方とか、プレゼンの仕方、といった、大学の勉強で必要な基礎的な能力を身につけさせる、という内容のものである。

数年に1度、担当がまわってくるのだが、「学生の主体性」を重んじる演習なので、どのように進めていったらいいのか、担当する同僚たちが、みな頭を痛めていた。もちろん私もである。

そこで、試行錯誤しながら、授業を進めていくことになる。

私はこの授業を、余すところなく記録しよう、と思いたった。授業が終わるたびに、その授業についての日記をつけ、その日に配付した資料を添付し、さらに毎回の授業の最後に出してもらう学生の感想も付けて、というような形で、毎回の授業記録をまとめていったのである。

そうしたところ、最終回の授業が終わった時には、その記録がなんとA4版横書きで、38頁にもなってしまった!

今年の2月、その授業のその年度の担当者と、次年度の担当者による研修会が開かれた。その授業を担当した者が、体験談を語り、次年度の担当者の参考になるようにする、という趣旨である。

私はその研修会の席で、恥ずかしかったが、その授業の記録を綴じて1冊にまとめ、その場にいる人たちに配布した。いってみれば、自分の日記をみんなに読んでもらうようなものである。

受け取った同僚たちは、呆れた様子だった。そりゃそうだ。38頁もある記録集なんて、読む気が失せるもの。

誰に望まれたわけでもないのに、「よかれ」と思って授業の記録集を作ってみたが、結局、いつものように自己満足にすぎなかったんだな、と、ひどく反省した。

さて、それから3カ月ほどたった5月はじめのことである。

印刷室で印刷していると、ある同僚が入ってきた。ふだんほとんど話をしたことのない同僚である。

その同僚は、私を見るなり言った。

「あなたには、足を向けて寝られませんよ」

「どういうことです?」私のイメージでは、ちょっと気難しそうな感じの方だったので、一瞬、何かの皮肉だろうか、と疑った。

「あなたが作った、あの授業の記録集、いま全面的に参考にさせていただいています」

「そうですか」私は意外に思った。私よりもベテランの同僚だからである。

「あの記録集のおかげで、何とか私もあの授業をやっていけてます。よくあれだけ準備されましたね」

あんなバカ長い記録集は、もらったとしてもありがた迷惑な話で、誰にも読まれずに捨て置かれるだろうと、現にそうした反応を身近に感じていたので、ひどく後悔していたのだが、ちゃんと読んでくれた人が、少なくとも一人はいた、ということに、少し感動した。

しかも、およそ読んでくれないであろうというイメージの人が読んでいた、ということの意外性にも、感動したのである。

たった一人の心に通じた、ということだけでも、「甲斐があった」というべきだろう。

見限られたとしても、気にせず綴じ続けよう。

どこかに、綴じたページを開く人がいるはずである。

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