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馬鹿っ母と馬鹿っ夫

5月21日(火)

毎週月曜日は、大学1年生対象の授業。100人以上が受講している。

授業の終わりに、感想を書いて提出してもらうのだが、先週の感想の中に、授業の本筋とは関係ない話がとくに印象的だった、と書いた学生がいて、「大変申し訳ないですが、今日の講義でいちばん驚いたことがコレでした」と結んであった。

昨日の授業で、その感想をみんなに紹介しながら、私は言った。

「だいたい、大学の授業なんて、肝心な本筋より、どうでもいい枝葉の話をよく覚えていたりするもんです」

そう言いながら、急に思い出したことがあった。

「そういえば、いま急に思い出したことがあります」と私は続けた。

「大学1年の時、一般教養の授業で、国語学の先生の授業をとっていたんです。今となっては、何を勉強したのかまったく覚えていないが、唯一、その授業で覚えていることがあります。

授業中に先生が、突然、こんなことを言い出したのです。

『よく女性週刊誌で『馬鹿っ母』という見出しがあるでしょう。あれってどう読むんですかねえ?』

その先生によれば、ハ行音の前に促音(小さい「っ」)がくる場合、その後のハ行音は必ず「パピプペポ」になるというんです。『意地っ張り(いじっぱり)』とか、『赤っ恥(あかっぱじ)』とか『青っ洟(あおっぱな)』とか。

だからこれを「ばかっはは」と読むことは、国語学的には絶対にありえない。

では原則通り「ばかっぱは」になるかというと、日本語の感覚としては少しおかしい。「ぱは」というのは言いにくいし、どうも間抜けだ。

いっそのこと、2番目の「は」も半濁音にして「ばかっぱぱ」にした方が言いやすいのだが、これでは馬鹿なのは「母」ではなくて「父」であるような誤解を招いてしまう。

結局、なんと読むか分からないまま、その講義は終わってしまったんです。

私、そのことが、ずーっと気になっていましてね。

何と読むと思います?」

学生たちは首をかしげている。

「それから10年くらいたったある日、突然ひらめいたんです」

もはや授業の本筋とはまったく関係ない話だが、学生たちは、固唾を飲んで聞いている。

「『馬鹿っカカア』と読むんじゃないか、と」

一部の学生たちは、呆れて笑いはじめた。

授業では話さなかったが、「馬鹿っ母」を「馬鹿っカカア」と読むのではないか、という仮説を立てたのは、映画「男はつらいよ 寅次郎の休日」を見ていた時である(また始まった)。

寅次郎(渥美清)の甥・満男(吉岡秀隆)が恋人・泉(後藤久美子)と駆け落ちしてしまったことを聞いて、寅次郎が妹のさくら(倍賞千恵子)とその夫の博(前田吟)を叱りつけるというシーンで、寅次郎は、妹夫婦にこんな言葉を浴びせたのである。

「お前らみたいな馬鹿オヤジと馬鹿っカカアのツラを見るのはまっぴらだ!」

このせりふを聞いたとき、「馬鹿っ母」は「馬鹿っカカア」と読むのではないか、と。その瞬間、溜飲が下がる思いがしたのである。

なあんだ、また「寅さん」か。結局、すべての答えは「寅さん」の中にあるのかもしれない。まあそれはともかく。

「しかし、この仮説には問題があります」私は続けた。

「辞書を調べてみますと、『かかあ』という言葉は、厳密には「母親」という意味では使われません。『妻』をさす言葉です。この仮説は、そこに難点があります」

学生たちは、ますます呆れ顔である。

「いずれにしても、大学1年生の時に先生から聞いた、本筋とは関係のないどうでもいい話が、私をいまだに悩ませ続けているのです。大学の授業なんて、そんなものです」

さて、話はここで終わらない。

昨日の授業が終わってから、例によってみんなに感想を書いてもらったところ、一人の学生が、こんな感想を書いていた。

「さくらももこ氏のエッセイに書いてあったのですが、女性週刊誌は「馬鹿っ夫」という言葉も作ってます。“ばかっおっと”と読むのか?語呂がわるすぎる」とさくら氏が評していました」

なんと、さくらももこのエッセイにも、同じようなことが書いてあるのか?

私が学生のころ、さくらももこのエッセイ集がベストセラーになっていたと記憶しているが、実は1冊も読んだことはない。いったい、エッセイにはどんなふうに書いているのだろう?

気になって仕方がなくなり、今日、本のリサイクルショップに駆け込み、さくらももこのエッセイ集を探すことにした。

リサイクルショップに行ってみると、さくらももこのエッセイ集って、ビックリするくらいたくさん出ているんだね。

だいたい90年代の初めに書かれたものが中心で、そういえば、学生時代に話題になっていたことを思い出した。

こうなったら片っ端からめくっていくしかない、と思い、めくっていったところ、

あったあった!ありました!

女性週刊誌について、こんなふうに書いてあった。

「それにしてもこの号一冊見てもじつにバカバカしい記事が多い雑誌である。『妻があきれた馬鹿っ夫』(これは“ばかっおっと”と読むのであろうか。音読しにくい)というコーナーでは、『笑いすぎて頭が裂けた夫』や『からし風呂で子種が枯れた夫』等が続々と登場している。こんなものを載せてるほうこそ“馬鹿っ雑誌”である」

学生が感想欄に書いていたのは、この部分のことだな。

105円だったので、買うことにした。

店を出てから、冷静に考えてみた。

私が大学1年の時に国語学の先生から聞いた「馬鹿っ母」の話は、80年代の終わりのことだし、さくらももこがエッセイに書いている「馬鹿っ夫」の話は、90年代の初めのことである。ということは、「馬鹿っ○○」という言葉は、この時期に集中して女性週刊誌でさかんに使われていた表現ということである。

そう言われればいま、「馬鹿っ○○」という表現はあまり見ないような気がする。

いまならさしずめ「モンスターペアレント」という表現を使うのだろう。

もうひとつ思ったこと。

感想を書いてくれた大学1年生は、自分が生まれるより前の90年代初めのエッセイを、読んでいたということか。

それはそれで、不思議な感じである。

…さて、ここで問題です。私が見つけた「馬鹿っ夫」についてのさくらももこのエッセイは、何というエッセイ集に入っていたのでしょうか?

答えは縦読みで!

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コメント

本屋で探せば楽かも
知れない
でも、それではおも
しろくない
勘を頼りに書こうか
書くまいか
どうしようかしらん

投稿: こぶっぎ(等幅フォントで) | 2013年5月23日 (木) 02時49分

たしかにそうだ。お
もしろくなる見込み
はないかも。でもご
まかすのは如何かと

投稿: onigawaragonzou | 2013年5月23日 (木) 21時38分

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