火曜日はいつも憂鬱
5月28日(火)
何だか知らんが、落ち着いて昼食が食べられないくらい、いろいろなことに時間がとられる。おかげで体と心のコンディションは最悪である。
冷静になって考えてみると、そのほとんどが、「頼まれてもいない仕事」に時間を割いているので、自業自得といえば自業自得である。本来やらなければいけない仕事が山ほどあるのに。
たとえば今日の午後、ある必要があって、不要になった折りたたみ机を職場中から探してきて、それをある建物からある建物まで運ぶ、という作業をした。
同世代の男性職員さんに手伝ってもらって運ぶのだが、これがけっこう重い。しかも外は夏のような暑さである。
汗をかきながら運んでいると、たまたま外を通りかかった同僚が、
「いったい何をしているんです?」と首をかしげている。
そりゃあそうだ。職員さんと私で、廃棄処分寸前の机をエッチラオッチラ運んでいるのだから。
少なくとも、私の本業とは関係のない仕事だ、ということは明らかである。
誰にも頼まれていないのだが、好きでやっているのだから仕方がない。
そもそも私は、頼まれていないことを、「よかれ」と思ってすることが多い。
だが、相手に対して「よかれ」と思ってした行為も、鬱陶しいと思われたり、逆にこっちが「甲斐がないなあ」と凹んだりすることもある。
「ああ、もう見限られているんだな。ずいぶんはやく見限られたものだ。ま、無理もないか」と、妄想することもしばしばである。
まあ、そんなものだろう、と思って生きていくしかないのだ。
今日の夕方は、卒業論文の中間発表会である。
昨日から、4年生たちがレジュメの相談に来がてら、いろいろな話をしてくれる。
それが私にとっては、今日の唯一の息抜きである。もっとも、向こうも息抜きだと思って喋っているのだろうが。
学生たちの話で楽しいのは、私のまったく知らない現代語を教えてくれるときである。
たとえばかつては、「フラグが立つ」というのがあった。
「ディスる」も覚えた。
「リア充」という言葉も聞いたぞ。
最近ではこんなのもあった。
「あの二人、絶対にニコイチですよ」
「ニコイチ?」初めて聞く言葉である。
「二人で一人みたいに、すごく仲が良いという意味です」
「つまり、アベックということね」
「アベックって何です?」
この「ちぐはぐ感」がおもしろい。
さて、心配していたレジュメだが、公務員試験組は精神的にかなり追いつめられている時期にもかかわらず、13人が締め切りまでに提出してくれ、意外にみんな健闘していた。
彼らの努力に応えなければならない。
私は13人のレジュメ(一人あたりA3版1枚分、つまり13枚)を、40部ほどリソグラフで印刷する。
本来ならばそれを、そのまま学生たちに配布すればよいのだ。
しかしそれだけではつまらない。
表紙をつけて、1冊に綴じることを思いついた。
こじゃれたフォントで「卒業論文中間発表会」というタイトルと今日の日付と会場、さらには気の利いた写真の一つも添えて、表紙を作る。
午後、1時間ほどかけて、印刷室で印刷とソートとホッチキス綴じを一人でやった。
印刷室には、もともと2台のコピー機と1台のリソグラフがあり、かなりの高熱を発している。空調設備もないから、サウナのように暑い。
大汗をかきながら、黙々と一人で作業を行う。まるでタコ社長である。
もちろん、誰にも頼まれていない仕事である。
かくして、「卒業論文中間発表会」のレジュメ集が完成!
夕方4時半に始まった発表会も、3時間ほどかかって無事終了した。
終わってから学生たちが言う。
「てっきり、一枚ずつ印刷したレジュメがそのまま配られるものだと思っていました。まさか、表紙までついて、綴じてあるとは思いませんでした」
「そうでしょう。タイヘンだったんだから」と私。
「でもこうしていただいたおかげで、なくさずに保管することができます」
「表紙がついていれば、いつ、どこでやったという記録も残るでしょう」
「そうですね」
学生たちには好評だった。一緒に主催した同僚も「まさかここまでするとは思わなかった」と驚いていた。
「甲斐がない」ということはなかったのだ!
頼まれてもいない仕事。
それは、言いかえれば「思いを込める仕事」ともいえる。
「頼まれてもいない仕事」に思いを込める。
愚鈍だし、スマートではないし、もう若くはないし、汗だるまだし、何の取り柄もない人間だが、このスタンスだけは、これからも続けよう。
…と誓った、憂鬱な火曜日であった。
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