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逆転の構図

タイトルは「刑事コロンボ」からそのまま借りてきたものだが、話の中身は「寅さん」である。

また寅さんかよ!

ははーん。ここで書きためて、いずれ本を出そうとか野望を抱いているな。

それはともかく。

映画「男はつらいよ 私の寅さん」(マドンナ:岸恵子)の前半部分では、めずらしくとらや一家(おいちゃん、おばちゃん、さくらの家族)が旅行をし、寅次郎がとらやで留守番をする、というエピソードがある。

まさに「逆転の構図」である!

3泊4日の九州旅行。その留守番を頼まれた寅次郎は、とらや一家のことが気になって仕方がない。

宿に着いたら電話をする、と妹のさくらが寅次郎に約束するが、食事をしたり温泉に入ったりしているうちに、つい、電話をするのが遅くなってしまった。

夜、さくらが柴又のとらやに電話をすると、いきなり寅次郎の怒鳴り声。

「なんだよお前!今晩電話するって言うからよ、俺は日が暮れる前からずーっと電話機の前で待ってたんだぞ!」

「ごめんごめん。何か変わりない?」

「大ありだよ!いっぱいあるよ。泥棒が入ったぞ!有り金残らず持ってかれちゃったな!それからな。裏の工場の、タコのところから火が出てよ、このへん丸焼けだ!あと東京は大震災でもって全滅だよ!」

子どもみたいなことを言う寅次郎。

「いやあねえ。ヘンな冗談言わないでよ。あたしたちみんな元気で楽しい旅行続けてるわよ」

「そらあ上等だよ。こっちはクソ面白くもねえからね、ヤケ酒よ」

そしてとらや一家の人々が、代わる代わる寅次郎と電話で話をする。

寅次郎は、できるだけ電話での会話を引き延ばそうとするが、長距離電話は高くつくので、とらや一家は、早く電話を切りたいと思っている。

かくして1日目の夜が終了。

続いて2日目の夜。

留守番をしている「とらや」の居間で、タコ社長と二人で酒を飲む寅次郎。

相変わらず寅次郎はイライラしている。さくらからの電話を待っているのだ。

「おい、そうイライラするなよ。向こうは旅先なんだからさあ。メシ食ったり風呂入ったりで、忘れることくらいあるよ」タコ社長が諫める。

「お前は他人だからそういう冷たいことが言えるんだ!肉親だったらそんなこと言えるか?…どうしたんだろうなあ。ケガでもしたんじゃねえか。まして阿蘇の温泉は谷深くだし…。あそこの道だって崖だろ?そこをタクシーで……。

あっ!もし落っこったらどうなるんだ?交通事故だぞ!みんな死んじまうじゃねえか!」

寅次郎得意の妄想が始まる。

「そうと決まったわけじゃねえだろう」タコ社長が呆れる。

「お前は何が根拠でそういうことを」寅次郎がタコ社長につかみかかる。

そこへ電話が鳴る。慌てて受話器を取る寅次郎。

「やいさくら!なんでいまごろ電話してくるんだよ!心配で心配でいてもたってもいられなかったんだぞ!ひょっとしてみんな自動車事故で死んじまってよ。葬式まで出さなきゃなんねえかなって、考えてたんだぞ!バカヤロウ!」

いきなり電話口で、さくらに怒鳴りつける。

「てめえたちにはねえ、待つ身というものがどんなにつらいものかがわからねえんだよ!」

あまりの剣幕に、驚くとらや一家。

やがて、おいちゃん(松村達雄)と寅次郎の、電話口での大げんかが始まる。

「てめえなんか出ていきやがれ!」

「言いやがったな!コノヤロウ!それを言ったらおしまいだぞ!」

「ああおしまいだよ!」

「よおし、出ていってやるからなテメエ!あとでもって後悔したってきかねえぞ!チキショウ!」

電話を切って、とらやを出ようとする寅次郎。

「さくら、とめるな!とめるな、さくら!」

いつもの口癖で、妹のさくらの名前を呼ぶが、当然、さくらはいない。

ふと我に返り、バツが悪くなって自分の部屋に戻る寅次郎。

「哀れで、見ちゃいられねえな…」タコ社長がつぶやく。

このあたりのやりとりは秀逸である。映画の観客は、

「てめえたちにはねえ、待つ身というものがどんなにつらいものかがわからねえんだよ!」

という寅次郎のセリフに、「お前が言うな!」と、全員がつっこむことだろう。

さて3日目。

とらや一家は、もはや旅行が楽しめなくなっている。

寅次郎からまた、夜電話がかかってくるかと思うと、気が気ではないのである。

「もう旅行は十分だから帰ろう」

これだけだと、寅次郎はたんなる「厄介者」なのだが、このあと、帰ってくるとらや一家を迎える寅次郎がすばらしい。

長旅で疲れているであろうとらや一家に、最高のもてなしをしようと努力するのである。

「長旅から帰ってくると、鮭の切り身かなんかでお茶漬けをサラサラって食いてえからなあ。(タコ社長に)あ、お新香はな、たっぷり出してくれよ。どうも旅館のメシってのは味気なくっていけねえや。長い旅してると、ほんとにお新香が食いてえからなあ」

ここから、寅次郎の妄想がはじまる。

「いずれそのうちにその入口から、おいちゃんとおばちゃんとさくらがよ、こんな大きな荷物かかえて、

『ああくたびれた。うちが一番いいよ』

なんて帰ってくるんだよね。そのときの迎える言葉が大切だ。

『お帰り、疲れたろう?さああがってあがって』

熱い番茶に、ちょっと厚めに切った羊羹のひとつも添えて出す。

ホッと一息入れたところで、

『風呂が沸いてますよ』

長旅の疲れをスッと落とす。

出てくると、心のこもった昼飯がここで待っている。

温かいご飯。シャケの切り身。山盛りのお新香。

『どうだい?旅は楽しかったかい?』

たとえこれがつまらない話だったとしても、『面白いねえ』って聞いてやらなきゃいけない。

長旅をしてきた人は、やさしく迎えてやらなきゃなあ…」

そこへ、とらや一家が帰ってくる。

「おにいちゃんただいま」

「やっぱりうちが一番いいねえ」

だが寅次郎はとらや一家を前に、シミュレーションの甲斐もなく、何も言えなくなるのである。

このエピソードもまた、寅次郎の「妄想と共感」の力が、存分に発揮されている。

これほど、「妄想と共感」が語られる映画を、私は知らない。

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