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読んでるあんたも同罪じゃ!

糸井重里さん、といえば、私の世代だったら、誰でも知っている。

なんたって、NHK教育テレビ「YOU」の初代司会者ですからね。

それより何より、我々の世代にとっては、カリスマ・コピーライターである。

「くう ねる あそぶ」とか「不思議、大好き。」とか「おいしい生活。」とか。

私が糸井さんのコピーで好きなのは、次の二つ。

「まず、総理から前線へ。」

「見てるあんたも同罪じゃ。」

これを見てピンと来た人は、そうとうの‘通’である。

「想像力と数百円」

も、かなり好きだ。

ま、それはともかく。

一昨年の秋、旅先の食堂でたまたま読んだ新聞で、糸井重里さんのインタビュー記事が載っていて、それを食い入るように読んでしまった。あまりに印象的な記事だったので、何人かの人にこの話をしたと思うのだが、正確な内容をもう一度確認したいと思い、記憶を頼りに探してみたところ、日本経済新聞2011年10月26日(水)の夕刊のインタビュー記事であることが判明した。

この中で糸井さんは、コピーライターとして活躍した80年代をすぎ、バブルが崩壊した90年代にさしかかったころ、仕事のあり方にある変化が起こったことを述べている。それまでの、企業の担当者や代表者と膝をつき合わせて話し合いながら広告を練り上げていく手法はもはや通じなくなり、「コンペ」(提案競争)による広告の提案が行われるようになったのである。以下は、新聞記事より。

生きづらくなったという印象が年々強まりました。広告の存在が大きくなり、企業に説明責任が生まれ、採用した案が「一番いい」と説明できなければならなくなったためです。売り上げへの貢献、評判、アンケート。広告効果の「見える化」です。責任者は「言い訳できるもの」を選ぶ。広告が普通の仕事になっていったんです。

コンペでは広告会社など何十人ものチームで乗り込み、大部屋で説明するようになりました。少人数で友達言葉を使い、自由にアイデアを出しあっていたころとは様変わりです。僕は「先生」扱い。人対人として横並びでやりたい僕には、実にやりづらい。よそのチームが、「お前アメリカ人か」という感じで立て板に水のプレゼンテーションをして、笑いたくなりました。これは、おれ駄目だわ、と。

「勝つ」ためだけの言葉が飛び交う戦場になったんです。説明後はゲタを預け、知らないところで採点される。話し合って一緒に良くしましょう、では通じない。

負けが5割を超えたとき、これはまずいと思いました。ところが勝った案が後日、実際に広告になったものを見ると「これか?」という感じ。これに負けたのか、と悔しくなりました。僕はもう依頼してくれる広告会社を勝たせられない。しかし提案の「弱点」を埋めるほど、自分の仕事ではなくなっていく。、「糸井の案を落とした」ことを自慢する人まで出てきた。勝ったから何だ。そう思え、情熱が失われていくのが分かりました。

もう40代半ば。勝つためだけに作りたくないもの、おれでなくても作れるものを作り続けるか。何社かの顧問に就任し「先生」として生きるか。どちらの道に進んでも、自分が駄目になる。

「住む場所」を変えよう。そう思い広告の仕事を減らしました。「イトイはもう終わったな」。そんな声を遠くに聞きながら、知り合いの大学生たちと釣りに熱中しました。

かくして糸井さんは、インターネットの世界へと「住む場所」を変えていく。1997年のことであった。

2年前、このインタビュー記事を自分の身のまわりの状況に置き換えながら読んで、すごく共感した覚えがあるので、資料として書きとどめておく。

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