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奇妙な結論

6月13日(木)

2週間ほど前、職場の、見知らぬ人からメールが来た。

「今年の夏も、海外各地から来た学生に、研修プログラムを用意することになりました。昨年先生が企画されたイベントを、またお願いできませんでしょうか。つきましては、一度打ち合わせをしたいと存じます」

昨年企画したイベントとは、「かなりカオスな発表会」のことである。

あれはタイヘンだった。

以前書いた記事から引用する。

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30人の学生を、6つのグループに分け、それぞれのグループに対して、手伝ってくれる日本の学生1人をずつ割りあて、合計6人でひとつのグループにする。つまりこのグループは、日本、中国、ベトナムの混成部隊である。

午前中、各グループにビデオカメラを1台ずつ持たせて市内に放ち、「これは面白いな」とか、「日本らしいな」とか思うものを、撮ってきてもらう。

さらに、町の人にインタビューして、その町のよさだとか、自慢できるものを聞き出す。

午後、大学に戻り、プレゼンテーションの準備をして、夕方、各グループによるプレゼンテーションを行う。プレゼンテーションでは、午前中に行った場所について、模造紙に書いたり、撮影したビデオを流したりしながら、説明を行う。説明は、もちろん英語である。

すべてのグループのプレゼンテーションが終わったあと、投票をおこない、最も面白いと思ったグループを決定する。

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実際にやってみると、うまくコミュニケーションがとれなかったり、夏の暑さでヘトヘトになったりと、本当にタイヘンだった。

だが、学生たちにとっては、よい思い出になったのかもしれない。

さて、1週間ほど前のこと。

メールをいただいた方との打ち合わせに行くと、そこには、老練な「教授」がいた。昨年のプログラムを担当した職員さんが、異動してしまったため、今年はこの老練な「教授」が担当することになったのだ、という。

「先生、何でも聞くところによりますと、このイベントは、先生が企画されたそうですねえ。ぜひとも今年も、研修プログラムのうちの1日、お願いしたいと思うのですが…」

私には厄介な癖がある。それは、

頼まれてもいない仕事ならば面白がってやりはじめるが、それが義務化してしまったとたん、ぶんむくれになる

という癖である。私と仕事をする人間は、そこのところをよく心得ておいたほうがよい。

「今年もお願いします」と、さほど考えもないままに頼まれるような仕事に対しては、とたんに私はへそを曲げるのだ。

「ちょっと待ってください。今年は全体でどんな感じになるんですか」

「まず、参加する学生の国が増えます。昨年度はベトナムと中国でしたが、今年はそれに、ケニアとインドネシアとペルーの学生が加わります」

「ずいぶん加わりますね」

「ええ、それに、研修プログラムが1週間程度になり、昨年度にくらべて期間が短くなります」

「グレードダウンするわけですね」

「…まあ、そういうことです。しかし、私もはじめてこういう研修プログラムを任されてしまったのですが、どうにも困ってしまってねえ」

「昨年度のノウハウがあるじゃありませんか」

「はあ」それについては、とくに答える様子はなかった。

「で、先生が昨年、まる1日のイベントを企画されたということで、今年度もぜひ、ということで…」

「それはわかりました。でも、全体のスケジュールはどうなっているんです?」

「こうなっています」と、老練な「教授」はタイムスケジュール案を私に示した。

「先生にお願いしたいのは、○月×日の、この日なんです」

「ちょっと拝見」

見ると、○月×日には「県知事表敬訪問」という予定がすでに入っている。

「この、『県知事表敬訪問』というのは?」

「ええ、これはもう前から決まっておりまして、海外各地から来た学生を、県庁に連れて行きまして、30分ほど県知事を表敬訪問する、ということになっております」

せっかく日本に来たのに、県知事に挨拶に行くなんて、おもしろいのか???

まあよい。

「午後1時半から3時と書いてありますね」

「ええ、移動を考えますと、前後30分は必要かと」

「すると、…ちょっと待ってください。ではイベントはいつしろと?」

「ですので、県知事表敬訪問以外の時間に…」

「それは無理です。あのイベントは、たっぷり一日取らないと、意味がありません」

「そうなんですか?」

「そうですよ。だって、午前中に町を歩いて、午後にグループワークをして、それからプレゼンテーションをするんですから」

「そうですか…」

「途中で『県知事訪問』なんてはさんでしまったら、モチベーションが下がります!」

「はあ」

昨年の私の企画書をちゃんと読んでいるのか?

「何とかなりませんか?」

「何ともなりません」と私。

「困りましたねえ…ではどうしたらいいでしょうか」

「ほかの企画にしたらいいでしょう」

「ほかの企画ですか…ちょっと考えたのは、地元の放送局に見学に行くのはどうかと…」

また見学?見学ばっかりやなあ。

「そもそも、この研修プログラムの趣旨は何です?」たまりかねて私は聞いた。

「それはもちろん、日本の伝統や文化を、海外の学生に知ってもらうことです」

出た!私の嫌いな言葉、「伝統」である。しかしこのさい仕方がない。

「だとしたら、日本の伝統料理を作る体験が必要でしょう。昨年、そば打ち体験をしたはずです」

「そうなんですか?」

昨年のことを何も知らないらしい。

「午前中にそば打ち体験をすれば、お昼にそのそばをみんなで食べることができるし、しかも放送局が取材もしてくれるはずです。こちらから放送局に行く必要はありません」

「なるほど。…でもどうすればできるでしょう?」

「昨年もやりましたよ。昨年のノウハウがあるでしょう」

「はあ」なぜか昨年のことをいうと、反応が鈍くなる。

「わかりました。じゃあ、午後はどうしましょう?」

ぜんぶ私に考えさせるのか???

私も長考に入った。するとその老練な「教授」が言った。

「私、考えたのは、せっかく県庁に行くので、県知事表敬訪問のあとは、県庁見学なんかどうか、と」

県庁見学???

おもしろいのだろうか?私には意味がまったくわからない。

「さっき、日本の文化を知ってもらうのが目的っておっしゃってましたよね」と私。県庁見学なんてやられたらたまらない。

「はあ」

「日本の伝統的な遊びをみんなでする、というのはどうでしょうか?」

「たとえば」

「すいか割りです」

「すいか割り?」

「いろいろな国から来た学生が、国を超えて、すいか割りをやれば、とても盛り上がると思いますよ。日本の学生も含めた混成チームを作って、すいかを割るタイムを競うんです」

「はあ」

「季節は夏だし、すいかはそれほど高いものではないし、終わったみんなで食べることができるし、ゲーム性を高めれば、みんなの結束は強まるし、交流は深まるし、…なにより、地元にはすいかの名産地があるじゃないですか。わが地元の名産品も味わうことができる」

われながら名案である。

「はあ、そうですね。それはいいですね。しかしそれで、2時間もちますでしょうか」

「大丈夫です」

「そば打ちとすいか割りですか…。なかなか面白そうですね。ちょっと考えてみます。ありがとうございました」

かれこれ1時間の打ち合わせが終わった。

そして一昨日、メールが来た。

「その節は、先生のお知恵とアドバイスをいただき、感謝しております。今年は先生のお手を煩わせることなく、放送局見学と県庁見学を実現させるメドが立ちました。ありがとうございました」

はあぁぁぁぁぁ???

ほ、ほ、放送局見学と、け、け、県庁見学???

私のアイデアは、全然ダメだったということか???

いったいあの打ち合わせは、何だったのか?

結果的に、「義務化しそうになった仕事」を断ることができたことは、幸いであった。

しかし、これでよかったのだろうか…。

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