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「特急のすれ違う駅」の町

6月14日(金)

約2年半ぶりに、「特急のすれ違う駅」の町に行く。

この町とは、もう10年以上ものおつきあいになる。

いまから9年ほど前、この町が1冊の本を出した。私もその本を執筆した数人のうちの1人である。

2011年3月、この町は、震災による津波と原発事故の被害を受けた。

しばらくこの仕事は中断していたが、私たちは2冊目の本を出すことになり、9年前の執筆者が再びこの町に集まることになったのである。

震災の影響で、いまだに鉄道は全通していない。つまりあの日から、この町の駅は、「特急のすれ違う駅」ではなくなってしまったのである。

朝、自家用車で出発する。

2時間半かけて、その町の会議場所に着いた。

「お久しぶりです。覚えてますか?」

最初に顔を出したのは、この町の職員で本の編集担当であるMさんだった。9年前も、一緒に仕事をした。

「もちろん覚えてますよ。Mさん」

「久しぶりですねえ」

「といっても2年半しかたっていませんよ」と私。Mさんとは、2年半前の講演会の時にお会いしていたのだった。

「そうでした」

次々と執筆者の先生方が到着する。私はこの中で、いちばん年下だった。

この執筆者5人が顔を合わせるのは、実に9年ぶりではないだろうか。

みんなお元気だったのが、何よりである。

会議は、午後1時半から2時間にわたって行われた。

会議が終わり外に出ると、建物の脇に小さな水槽がいくつか置いてあった。植物性プランクトンによるものか、緑色の水に覆われている。

「これは何だと思います?」Mさんが私に聞いた。

「さあ」

「これは、絶滅危惧種のメダカです」

「メダカ、ですか」

「ええ。2年前の震災の時に、津波で水田や池がすっかり流されてしまいましてね。そこに住んでいたメダカが、絶滅の危機にあいまして。この地方にしか生息していないメダカなんですけど」

「へえ」

「それで、うちのスタッフの1人が、メダカのレスキューにあたったのです」

「メダカのレスキュー、ですか」

「ええ」

Mさんは、メダカのレスキューにあたった人を紹介してくれた。Iさんである。

「震災のあと、復興工事で、もともとあった水田や池を埋め立ててしまったりして、そこにいた野生生物が生きられなくなってしまったんです。それで、できるだけ多くの野生生物を救おうと、レスキューを始めました」

野生生物のレスキュー、というのを、初めて聞いた。

「野生生物のレスキューというのを、恥ずかしながら初めて聞きました」と私。「何人の方々でやっておられるのですか?」

「ここでは、私一人です」

「お一人ですか?」

「ええ、あと県南に数名います」

「だから、ほとんどこの活動は知られていないんですよ」とMさん。「もっと知られてもいい活動ですよね」

「そうですね」私も同感だった。「ここでレスキューしたメダカは、どうなるんですか?」

「ここで繁殖させて、いつか、その地域にメダカが住める池ができたときに、再びその土地にお返ししようと思うんです。それまでは、ここでお預かりすることにしているのです」と、Iさんは答えた。

地震、津波、原発事故。この町に残した災害の爪痕は、あまりに大きすぎた。ふるさとは、いつになったらもとの景観を取りもどすのだろう。メダカは、その希望をつなぐ象徴のようにも思えた。

話し込んでいるうちに、すっかり夕方になってしまった。

「これからまた、よろしくお願いします」とMさん。

「こちらこそ、よろしくお願いします。これからまた、ちょくちょく寄らせてもらいます」

「遠いですけれど、またおいでください」

職員のSさん、Mさん、そしてM君に見送られ、会議場所をあとにした。

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コメント

ご無沙汰していました。いよいよ最後の本が始まるんですね。
読ませていただいて、先生方やMさん、Iさん、みんなの姿が目に浮かびました。
私の現状に歯痒さを感じています。
今、調べていることがあるのですが、なかなか資料が見つからなくて行き詰まっています。通っている韓国語学院の先生にも調べていただいたりしてるのですが、わからず、先生に教えていただきたいなぁといつも思ってしまいます。まずは少し形になるよう精進します。

投稿: hughko | 2013年6月15日 (土) 02時43分

久しぶりにお会いしたみなさんはお元気そうで、これから最後の本に向けて、仕切り直しです。私でお役に立てることがありましたら、いつでもご連絡ください。

投稿: onigawaragonzou | 2013年6月15日 (土) 17時57分

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