カーナビのない一人旅その2・生き抜いたお猪口
6月29日(土)
午後12時50分。
ようやくK市に到着した。
まずは、昼食である。
当然、海の幸を堪能しなければならない。
漁港に行ってみると、レストランがあったので、とりあえずそこに入ることにした。
お昼時で混んでいたのか、外で少し待たされ、中に入り、海鮮丼を注文した。
食べていると、およそこのレストランに似つかわしくないような、オシャレな人がお店を出ていった。
誰かと思って目で追っていくと…
藤原紀香だ!
…といっても、私はファンでも何でもないので、さしたる感慨はなかった。
あとで新聞記事を調べたら、たしかにこの日、藤原紀香は震災復興関連のイベントでK市に来ていたので、やはり私が見たのは藤原紀香で間違いない。
…そんなことはどうでもよい。
海鮮丼を食べ終わったのが1時半過ぎ。そこから、K市の町を歩くことにした。
ひとつ、訪れたい場所があった。それは、4年生のSさんに聞いたお店である。
古い建物や蔵を改装し、中では焼き物(陶磁器)や雑貨などを売っているそのお店は、建物じたいが文化財に指定されいているほどの貴重なもので、震災の津波で被害を受けた部分を改修して、最近、ようやくお店も再開できたのだという。
漁港近くの、観光客用の駐車場に車を停め、歩き始める。
途中、家が流されたと思われる一区画に、オブジェが置いてあるのを見つけた(写真)。
「2011,03,11 GROUND ZERO 風の広場」と書かれたプレートが置いてある。
さらに、地震が発生した2時46分の針をさしたままの時計も置かれている。
私はそれを、写真におさめ、再び歩き出す。
ほどなくして、目当てのお店が見つかった。 まわりに仮設の店舗が多い中で、もとの建物でお店が開けることは、奇跡に近いことである。
決して広くないその店内には、陶磁器やガラス工芸品、雑貨などが所狭しと並べられている。お店の中央にはテーブルがあり、そこに、お店の主人らしき人とその奥さんらしき人がいた。仕事をリタイアされたくらいの年齢の老夫婦、といった趣である。
しばらく店内をうろうろと見ていると、あやしまれたのだろう。
「どちらからおいでになったんですか?」とその奥さんがいう。
「県外です」
「そうですか。お茶でもいかがですか」
テーブルの席に座り、お茶をいただくことにした。
さあ、そこからが長い。ご夫婦によるお話がはじまった。
店のご主人と奥さんは、ご夫婦ともども、陶磁器やガラス工芸品や漆器、金工など、とにかくそういった工芸品に魅せられ、全国をまわって気に入った作家の作品を仕入れては、この店で個展を開いたり、店頭に置いたりしているのだという。ご夫婦ともども、というのがすごい。
その話は尽きることなく、聞いていて勉強になることばかりである。私もつい、質問したりした。
気がつくと、2時間半がたっていた。
あーた、2時間半ですよ!2時間半!時計を見たら4時半を過ぎていた。
老夫婦によっぽど気に入られたのか?あるいはこの店ではよくあることなのか?
最後に、奥さんがお店の奥から何やら持ってきた。
「もしよかったら、これお持ちになって下さい」
「何ですか?」
「お猪口です」
見ると、とても小さなお猪口である。
「このお猪口は、昔からうちの蔵にあったものなんです。蔵は、昭和4年の大火のときにも、太平洋戦争の空襲でも、奇跡的に残ったんです。このたびの地震と津波で、蔵のなかがメチャクチャになって、大事なものが全部壊れてしまったんですけど、このお猪口だけは、壊れずにそのままだったんです」
「つまり、昭和4年、太平洋戦争、そしてこの前の震災をくぐり抜けてきたお猪口、というわけですね」
「そうです。だからこれは、どんな災難が起こっても、命を助けてくれる、お守りみたいなものです。これを差し上げます」
「ええぇぇぇぇっ!いいんですか」
「ええ、どうぞ」
重い!重すぎる!だってこっちは、初対面の得体の知れないオッサンだぞ!
「まだうちにはいくつかありますので、どうぞ」
そんな大事なものをもらっていいものか?と逡巡したが、ありがたくいただくことにした。
「ありがとうございます」
「またおいで下さい」
「はい。唐津焼が趣味の友人がおりますから、こんど連れてきます」と私。「唐津焼が趣味の友人」とは、福岡に住む高校時代の親友、コバヤシのことである。
こうして、お店を出た。
さて、駐車場に戻ろうと、来た道を引き返すと、建物の看板が目に入った。先ほどもこの建物の前を通ったはずなのに、さっきは気づかなかったのである。私はその看板の前で、立ち止まった。(つづく)
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