飲みニケ-ションの幻想
6月27日(木)
学生たちとお酒を飲まなくなったのは、いつからだろう。
もちろん、職場の公式行事でそういう場に参加はしているが、しかし以前のように、そこで会話がはずむということはなくなった。
私の記憶では、数年前までは、学生たちと飲みに行ったりすることがあったが、今ではほとんど、というか、全くない。
だんだん世代差が開いてきて、お酒の席で何を話していいのか、わからなくなったことも理由の一つであろう。
何より、酒の席で不用意な発言をして、学生を傷つけてしまうようなことがあってはならない。
最近は、心を許した人と飲むお酒が、いちばん美味しいのだ、ということがわかってきた。
人は、お酒を飲むから親しくなるのではない。親しいからお酒を飲むのだ。
その証拠に、社会人なら誰しも経験しているように、会社の上司とお酒を飲むことほど、苦痛なことはない。
少し前ならば、学生たちと飲むことが、学生たちとの距離を縮めることだ、と、あまり疑わずに考えていたような気がする。
だが今は、お酒を飲むことが距離を縮めることとは限らない、と思うようになった。それは、私と学生との間に、権力関係が存在していることを、強く意識し始めたからかもしれない。
だから、兄貴分面をしてやたら学生たちと飲みたがる大人を、私はあまり信じない。
お酒を飲むことで距離が縮まる、と考えることは、幻想なのだ。
お酒を飲むことで距離が縮まるわけではない。だがその代わり、距離が近い人と飲むお酒は、とても美味しい。
お酒とは、そういうものであると思う。
では、私は最近の学生からはまったく遠ざかってしまったのか?
いや、そうではない。
仕事部屋に学生が相談に来たり、話しに来たりすることが、たまにある。
今日も夕方、仕事部屋に学生がやって来た。
「先生、日本に戻ってきました」
4年生のNさんである。半年の海外留学を終えて、帰国したのだ。Nさんは、私の指導学生ではないが、私の授業を1つ2つとったことのある学生で、よく話をしに来てくれた。
その姿は元気そうで、表情は晴れ晴れしていた。
「どうだった?」
「留学できて、とてもよかったです。…先生のおっしゃったこと、やっぱり当たってました」
「何のこと?」
「語学力は、3カ月目くらいに突然上達するって話です」
「そうそう、たしかそんなこと言ったっけねえ」
「最初は、周りの人たちの話している言葉が、全然わからなかったんです。でも3カ月くらい経ったときに、ふと、『あれ、私、ちゃんとコミュニケーションとれてるじゃん』と。そのとき、先生がおっしゃったことを思い出したんです」
留学前にそんな話をNさんにしたことを、思い出した。
「これから就職活動です」とNさん。「でも、自分で何をやりたいのか、まだはっきりとわからなくて…」Nさんは、少し不安そうである。
「留学先から帰国したあと、自分の心の中を整理するのには、時間がかかるものだよ」と私。現に私自身がそうだった。
「そりゃあ、周りの人は、『留学したんだから、早く成果を出せ』みたいなことを言うかもしれない。でも、そんな簡単なものじゃないと思うんだよ。じわじわと時間をかけて、その時の体験が自分のものになっていったときに、初めて自分のやりたいことが見つかるんじゃないだろうか」これは私の本音だった。
「そういうものですか」
「そういうものです」
「なんか、それを聞いて少しホッとしました」
「だって、留学して、よかったんでしょう?」
「はい、私にとって、一生の思い出です」
Nさんは「また来ます」と言って、帰っていった。
お酒を飲みながら話すよりも、学生たちの思考の深い部分を知ることができる方法は、いくらでもあるのではないだろうか。最近、そんなことを思う。
もちろん、そう思うこと自体、私の幻想かもしれない。
だがこのことだけは確実に言える。
「飲みニケ-ション」は幻想である、と。
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