インセルタット衛星の戦慄
大人はよく、他愛もない嘘を子どもにつく。
そして小さい頃は、大人の嘘を、けっこう本気にするのである。
私が好きな秀逸な嘘は、
「きくらげとは、ペンギンの皮のことである」
「メンマは、割り箸を醤油で煮込んで作る」
といった嘘である。これを子どもの頃に聞いたら、けっこう本気で信じてしまう。
さて、小学生のときの思い出。もう30年以上前の話。
小学校4年から6年までの担任だったN先生が、あるとき、私たちクラスのみんなの前でこんなことを言った。
「君たちが、ふだんどんな生活をしているか、先生は全部知っているんだ」
まさかあ、とこっちは思う。
「君たち、インセルタットっていう人工衛星、知ってるか?」
インセルタット?聞いたことがない。
「最近、インセルタットという人工衛星が、地球の鮮明な画像を撮影することに成功してね。先生は、その会社と契約を結んで、人工衛星画像を家で見ることができるようにしたんだ」
なんのことか、サッパリわからない。
「その衛星の撮影した画像は、空から見た町をくっきりと映し出す。そればかりではない。歩いている人の髪の毛一本一本まで、はっきりと見えるんだ」
だんだん話の内容が分かってきた。
「つまり、君たちが放課後、どんなことをしているかを、インセルタット衛星から逐一送られてくる画像によって、先生は手にとるように見ることができるのだ」
ここまで聞いて、急に怖くなった。
つまり僕たちは、人工衛星画像によって、先生に監視されているのだ!
もちろん、今考えるまったくの嘘っぱちなのだが、当時は、もっともらしく先生が言うものだから、固く信じていたのだ。
本当に、インセルタットなんていう人工衛星があるのだろうか?
ずいぶん後になって、気になって調べてみると、「インテルサット」という人工衛星があることがわかった。
先生が勘違いして、「インテルサット」を「インセルタット」と言い間違えたのか?
それとも、「インテルサット」をモチーフに、先生が「インセルタット」という架空の人工衛星を作り上げたのか?
今となっては分からない。
しかし、小学生のある時期、この「インセルタット衛星」の存在におびえていたことだけは、事実なのである。
では、先生の言っていたことは、まったくのデタラメだったのだろうか?
もちろん「インセルタット」じたいは、デタラメだったとしても、放課後の私たちの動向を、まったく把握していなかった、ということはあり得ない。
いろいろな手段を使って、私たちの放課後の動向を知ることはできたのではないだろうか。
そのことを、「インセルタット衛星」という、嘘の人工衛星を引き合いに出すことで、私たちに知らせていたのではないだろうか。
いま、自分が教員になってみると、どうも、そんな気がしてきたのである。
たとえば今、子どもたちに「君たちのふだんの動向は、グーグルが提供する衛星画像で、すべてお見通しだ」といったら、どう思うだろうか。
「まさかあ」と言うだろう。
しかし、そこに一片の真実もない、と言いきれるだろうか?
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コメント
そのグーグルには、子供達だけでなく、自分も写っていることにご用心。
よく学生のツイッターを見ていて、自分のことが書かれてあって、読まなければよかったと後悔すること然り。
投稿: こぶぎ | 2013年6月18日 (火) 00時35分
なるほど、自分も写ってるのか…。
その衛星画像を自分が見ることができるということは、他人も見ることができる、ということですね。今の時代は。
投稿: onigawaragonzou | 2013年6月18日 (火) 01時30分