父の鍋
7月23日(火)
4年生の進路活動も、佳境に入ってきた。
火曜日はなぜか、面接カードの相談など、4年生が話しに来ることが多い。
今日も二人ほどやってきた。
そのうちの一人、Aさんは、明日が面接だという。
初めての面接本番なので、かなり緊張している様子だった。
おとうさんと同じような仕事に就きたい、という。
「おとうさんって、どんな人?」
「変わった人ですよ。職場でも、そうとう変わっている人で通っているみたいで、支持する人と、そうでない人がいたりするそうです」
波風を立てたがらない職場にあって、既成概念にとらわれない、思い切った仕事をする方だということだった。
「女の子って、中高生のときにおとうさんを鬱陶しいと思うことがあるって聞いたけど」
「私はそれはなかったですね」
「でも、変わった人だったんでしょう?」
「ええ。ほんと変わっています」
「たとえば?」
「震災のあと、被害の大きかった町の部署に出向したことがあったんです」
「ほう」
「週末に家に戻ってくると、びっくりするくらい大きな鍋にカレーを作って、それを翌週、車で運んで職場に持っていくんです。で、職場のみんなにふるまうんです」
「それはすごいね」
「週末のたびに、家の台所で、でっかい鍋で何かをグツグツ煮込んでいる姿は、ちょっとヘンでしたよ」
「たしかにそうとう変わっている」
私はその話しぶりで気がついた。Aさんは、おとうさんのことが好きなのだ。
それと、もうひとつ気がついた。
「つまりは、あなたのおとうさんは、『誰も頼んでないような仕事』を嬉々としてやるタイプなんだね」
「そうそう、その通りです。母もそうです」
「与えられた仕事だけではなく、誰に頼まれたわけでもない仕事をはじめちゃって、がんじがらめになる、というタイプなんだな」私は、自分自身と重ね合わせた。「そういう仕事こそ、尊い仕事だと思うぞ」私は自分に言い聞かせるように言った。
「志望動機、父と同じ仕事に就きたい、では、安易でしょうか?」
「そんなことないぞ。だってあなたは、そんなおとうさんの仕事ぶりを、かっこいいと思ったんでしょう?」
「はい。そばで見ていて、そう思いました」
「だからおとうさんと同じ仕事に就きたい、と思ったんでしょう?」
「はい」Aさんの目が輝きだした。
「だったらそれは、立派な志望動機だよ」
「そうですね。そう思ったから、この仕事に就きたい、と思ったんですよね」
Aさんは、この「変わった」おとうさんのことが本当に好きなんだなあ、と思った。
そんなことが言えるAさんが、実にうらやましい。
なぜなら、私は父のことを、かっこいいと思ったことは一度もなかったからだ。
「誰にも頼まれない仕事」に精を出す人ではあるけれど。
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