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ドキュメント「表敬訪問」

ドキュメンタリー映画を撮るのが夢だが、いま考えているのは、「表敬訪問」というタイトルの映画である。

こんな話を聞いた。

アメリカから、ある分野で著名なM先生が来日して東京に数日間滞在する、と、同じ分野の専門家・Kさんにメールが来た。「滞在中にあなたと東京でお会いしたいですね」と。

たんに「お会いしたいですね」としか書いていない。

これはどういうことだろう?アメリカ人も、行間を読ませる書き方をするのだろうか。

人一倍、人の気持ちを推し量る気質のKさんは、「きっと、食事をしたいということだろう」と推察する。

本当ならば、この時点で相手の意思を確認すればよかったのだが、つい、行間を推し量ってしまったのだ。

だが自分一人では、その著名な先生のお相手をするのはキツイ。なにしろ地方に住んでいる身では、東京で会うとなっても、セッティングするのが難しい。そこで、同じ分野の同業者で、ひごろお世話になっているI先生に相談することにした。I先生は、東京の大手の大学に勤めている。

すると、「そんな著名な先生が来るのなら、せっかくだからうちの大学に来てもらって、ちょっとした講話をしてもらおう」

この辺から、話がだんだんおかしくなる。

何かと事を大きくしたがるI先生は、同じ分野の同業者だの、同じ職場の同僚だのに声をかけ始め、そのM先生を囲む会みたいなことを考えはじめた。

こうなるともう、最初に連絡が来たKさんの手に負えない事態になってきた。そもそも、アメリカのM先生と、I先生の所属する都内の大手大学とは、何の関係もないのである。

そして最終的には、I先生の大学の学長に表敬訪問する、という予定が組まれてしまったのである。

結局、最初にメールをもらったKさんは、アメリカから来たM先生が滞在している都内のホテルまでお迎えに上がり、その大学へお送りする、という役目のみになってしまった。

かくして、M先生の「Kさん、あなたと東京でお会いしたいですね」というメッセージが、「縁もゆかりもない都内の有名大学の学長への表敬訪問」という行事に変貌する。

(これは、M先生が本当に望んでいたことだったのだろうか?)

私は「まったく関わりのない大学の学長への表敬訪問」という事態に巻き込まれた、居心地の悪そうなKさんの顔とアメリカのM先生の顔を、ぜひ映像に撮りたいのである。

ただこの場合、アメリカのM先生は著名な先生であるから、「表敬訪問」という行事には慣れている可能性があるので、あまりインパクトのある表情は撮れないかも知れない。

その点、次の事例は、いい表情が撮れそうである。

この夏、ベトナム、中国、ケニア、ペルー、インドネシアの5カ国から、学生がうちの職場に1週間ほどの短期研修にやってくる、という話は、前に書いた

で、その際に、なぜか「県知事表敬訪問」という予定が組まれている、という話も書いた。企画担当者が、気を回して「県知事表敬訪問」を思いついたのである。

考えてもみたまえ、はじめて日本に来た二十歳そこそこの5カ国の学生たちが、いきなりバスに乗せられ、県庁に行って、県知事に表敬訪問する。

ジャッキー・チェンなみの有名人ならばともかく、彼らにとってはふつうの人ですよ!日本語を教えてくれる先生でもないんだし。

1週間しか滞在期間がないのに、そのうちの1時間半あまりを、「大人の事情」によって、彼らとは何の関わりもない「県知事表敬訪問」に割くってのは、あまりにも滑稽ではないか?

それを、いい大人たちがよかれと思って真剣に考えているだけに、なおさら滑稽である。

ケニアやペルーなど、はるばる日本に訪れた学生が、縁もゆかりもない県知事と会っている姿を想像すると、企画をした職場や県の人たちとの誇らしげな顔とは対照的に、

(いったい俺は、どうしてここにいるんだろう?でも、みんな握手しているから、とりあえずこの人と握手しとくか)

という、連れてこられた彼らの微妙な顔が想像されるのである。そのときの彼らの顔を、カメラにおさめたいのである。

なんか、「間違った国際交流」という感じで、ドキュメンタリー映画の題材としては、とてもいいと思うのだが。

別に映画でなくともかまわない。私はどうやら、

「『大人の事情』で、事態が本来の目的とは全然違う方向に進んでいき、それに翻弄されていく人たちの顔(表情)」

を、単に見てみたいのだと思う。

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