最後の似顔絵
7月29日(月)
月曜日の初年次科目の授業が、大団円を迎えた。
相変わらず愚鈍な授業で落ち込むばかりだが、それを察した学生たちが、気を利かせて好意的な感想を書いてくれたのが、救いだった。
「難しかったけれど楽しかったです」
これが私にとっての一番の褒め言葉である。なぜなら、「難しいけれど楽しい」「楽しいけれど、ちょっと背伸びしなければわからない」というあたりを、いつも狙っているからである。
「これからも楽しい授業を学生に届けてください」
お世辞だとわかっていても、こんなことを書かれると、泣けてくるなあ。
授業が終わったあと、いつもいちばん前に座っていた長身の男子学生が、帰り際に
「ありがとうございました」
と言った。たぶん、このときはじめて言葉を交わした。私はそもそも、授業に出ている学生と個人的に言葉を交わす、ということをしないのだ。
「先生、最後に、感想欄に先生の似顔絵を描きました」
「あ、そう」もう似顔絵は、何度も書かれているので、すっかり慣れてしまっていた。
「以前、聖徳太子の似顔絵を描いたのがあったでしょう?」
「覚えているよ」
「あれも、僕が描いたんです」
「あれは傑作だったね」
上手いと思っていた似顔絵は、彼が描いたのか。
で、今回彼が描いた似顔絵が、これである。
描いた似顔絵を、本人のあずかり知らぬところで公開したり、楽しんだりしたりするのではなく、本人に堂々と提出し、私もそれを教室のみんなに公開する。
いいことなのか悪いことなのかわからないが、学生とそんな関係を築けたことこそが、私にとっての誇りである。…いや、誇り、なのか?
そこで思った。
これは一つの提案。
第1回目の授業のときに、学生に似顔絵を描いてもらう。
そして最後の授業のときに、もう一度描いてもらう。
もし最初にくらべて、似ていなかったり、悪意が感じられたりしたら、学生たちがその授業に関心を持ってもらえなかったことを意味する。
もし最初にくらべて、似ていたり、親近感が感じられたりしたら、学生たちがその授業に関心を持ってくれたことを意味する。
だから学生の手応えを知るためには、意味のないアンケートをとることなんかより、似顔絵を描いてもらうのがいちばん効果的なのではないだろうか。
で、似顔絵コンテストを行い、いちばん特徴をとらえた似顔絵の教員が、その年度の「最優秀教員」に選ばれる、というのはどうだろう。
ただしこの方法には、一つの大きな疑問がある。
それは、似顔絵を描いてくれる学生は、はたしてちゃんと授業を聞いてくれているのか、という疑問である。
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コメント
学生A 何食べてるの?
学生B 「最優秀教員せんべい」。生協で安売りしてたよ。
学生A これまた、しけた面(つら)が焼き印してあるね(せんべいだけに)。
学生B うまい。
学生A しかしこの顔、どこかで見たことがあるなあ...
学生B あ、分かった。吉田戦車でしょ。
http://natalie.mu/comic/news/49704
学生A ビンゴ。でも、なんでこんなせんべい作ったんだろ。
学生B 知らないの? ホラ、ちょっと前までは学長の顔だったでしょ。でも、あまりに売れないんで、学生から人気のある教員の顔にしたら売れるだろうって、学長の鶴の一声で作り始めたって。生協でバイトしてるふーみんが言ってた。
学生A それで、今年から授業評価アンケートが「あなたが受けた授業の中で、最も好きな先生の顔を描け」に変わったんだ。
学生B あのアンケートに、「最もたくさん描かれた教員は「せんべい」になります」って書いてあったから、不思議だったでしょ。
学生A でもこれって、どれだけ授業を真面目に聞いていたかでなくて、どれだけノートに先生の顔ばかり落書きされてたかってことしか、測れないんじゃないの?
学生B もしくは「へのへのもへじ」並に、顔の造作が簡単な度合いとか。
学生A 大体、「最優秀」なのは教員じゃなくて、イラストを描いた学生の方だっつーの。
学生B だからと言って、賞品としてせんべい一年分を贈られたところで、もらった学生も迷惑だけどね。
学生A でも、先生達は授業評価にかかわるから、けっこう必死みたいだよ。少しでも絵心のある学生に自分の授業を受けてもらおうと、美術部員や漫研部員の争奪戦になっているみたい。
学生B ねえ、知ってる? 鬼瓦先生なんか、何を血迷ったか、期末レポート課題も「6号のキャンバス3枚以内で、授業で扱ったテーマについて自由に描け」に変えちゃったし。
学生A そうそう。荒野に突き刺さった巨大な木簡を、命婦礼服姿の巨人が引き抜こうとしているシュルレアリスムな「レポート」とか、鬼瓦先生の著書を何個も並べて多色刷りのシルクスクリーンに仕上げたアンディ・ウォーホール気取りの「レポート」とか、力作が沢山来ちゃったらしくて、作品の山を目の前にして、大汗かいて唸ってたよ。
学生B 美大かよ(笑)。
学生A じゃ、オレ忙しいから。今、1分の1スケールの鬼瓦聖徳太子像のインスタレーションを作っている最中なんだ。
学生B うん、課題がんばってね。アタシも、これから鬼瓦先生の研究室に行って7色のペンキをぶちまけるアクション・ペインティングをしてくるわ。このくらいしないと、優を取るのは難しいから。
投稿: ハチクロこぶぎ | 2013年7月30日 (火) 16時16分
学生C 鬼瓦先生も必死だな。
学生D 何が?
学生C あの似顔絵のことだよ。似顔絵で「最優秀教員」が決まるって制度に変わってから、ことあるごとに学生に似顔絵を描かせようとしているらしいじゃない。
学生D たしかに、僕の友だちも描かされようとしていたな。で、そのたびに「お腹が痛い」とか、「バイトなので帰らないと」とか、理由をつけて逃げ回っているんだ。
学生C 生協でバイトしているふーみんも、「宅配便が届くので、家に帰らないと」と逃げ回っているそうだぞ。まるで落語の「寝床」みたいな話だな。
学生D 口では「無冠の帝王」だなんて言っているくせに、本心では、「最優秀教員」に選ばれたいんじゃないか?
学生C しかしみんな逃げ回っていると、最優秀教員どころか、そのうち似顔絵すら描かれなくなっちゃうんじゃないか?
学生D その点は心配ないよ。
学生C どうして?
学生D だって学生たちは鬼瓦先生へ揶揄の意味を込めてデフォルメした似顔絵を描いて、それをこっそりツイッターにアップしたところ、それが話題になっちゃって、今じゃ学校で知らない人はいないんだから。
学生C 知らぬは本人ばかりなり、か。…じゃあ俺は忙しいんで、これで。
学生D どうしたの?
学生C こぶぎ先生に呼ばれて、ふーみんと一緒に似顔絵を描きに行かなきゃならないんだ。
投稿: onigawaragonzou | 2013年7月30日 (火) 19時55分
こんばんは。まだ仕事です。今日の似顔絵話は笑った。でも最初と最後に絵を書かせるのは、違いをめぐり、またリアルな重たい話しになりそうで止めた方がよいと思います(笑)。古畑も良かった。でも長いよ(笑)。お互い頼まれ仕事やろう。ブログは1日1個まで(笑)。仕事で聞きたいこともありました。今度会った時に。恥ずかしいので読んだら削除して下さい。
投稿: A.U | 2013年7月30日 (火) 22時20分
率直な感想がとてもうれしいので、削除しません(笑)。こちらは、ダラダラと仕事をしながら、仕事に疲れたら一人語りをする、というペースで書いてます。ブログは1日1個、肝に銘じます(笑)。8月に入ると作業も中休みになってしまいますが、会う機会を作りましょう。
投稿: onigawaragonzou | 2013年7月31日 (水) 00時39分