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抱腹絶倒、拍手喝采!

8月12日(月)

いやあ、久しぶりに読んでいて痛快だった。

内館牧子『カネを積まれても使いたくない日本語』(朝日新書、2013年7月)である。

「ら抜き言葉」とか、ヘンな敬語とか、あいまいな表現とか、日本語が乱れている、と、よく言われる。

その手の本はかなり出版されていると思うが、それを内舘さんの軽妙な語り口と皮肉な文体で容赦なく説かれると、抱腹絶倒、拍手喝采、読んでいて、思わず頬をゆるめてしまう。

ヘンな日本語は、若者が使いがちであるが、決してそうではない。むしろ問題なのは、政治家や役人の使っている日本語である。

内舘さんは、こうした言葉を使う政治家や役人を「知性がないのか」と表現している。もちろんその通りだと思うのだが、私に言わせれば、「思考停止」がなせるワザである。

もし政治家や役人が、少しでも自分のドタマで考えるという努力をすれば、これほどおかしな日本語を使うはずはないのである。

…あら、「ドタマ」などという「カネを積まれても使いたくない日本語」を使ってしまいました。

詳細はこの本を読んでいただくとして、ここでは一つだけ紹介する。

以前、「○○力」について、このブログでも取り上げたでしょう?

「○○力」についてのコント台本も書きました。

内舘さんはこの本の中で、私が考えていたこととほとんど同じことを書いています。

「私は「力」の乱用にも同様の危惧を感じる。一番最初に、昨夏の赤瀬川源平さんが『老人力』という本を出した時は、その卓越したタイトルに驚愕した。「老人力」という造語には、「老人」というマイナスイメージを覆し、プラスイメージとユーモアと愛嬌と老獪さがある。今まで誰一人として気づかなかった「力」の使い方だ。何とすごいセンスかと思った。が、その後はもう「力」が出てくる、出てくる。恥ずかしくないのかと思うほど、幼稚な造語であふれ返った」

ここで例示されているのは、「与党力」、「授業力」「献立力」「教師力」「信用力」「文化力」「防災力」「東北力」「ご近所力」「人物力」「健康力」「天然力」「後輩力」「仕事力」「シミュレーション力」「着やせ力」「もて力」「まちりょく(町力、街力)」等々。

ほらね。私とまったく同じことを、内舘さんも危惧している。

断っておくが、私が書いたあとにこの本が出たので、つまりは私が思っていたのと同じことを、内舘さんも思っていた、ということである。

…だからどう、というわけではないのだが、つまりは日常生活で、言葉遣いに関する「モヤモヤした違和感や嫌悪感」を、言葉のプロがはっきりと書いてくれているので、痛快なのである。

この本を読んで、二つほど考えた。

一つは、この本で「カネを積まれても使いたくない日本語」に認定されている言葉を、このブログでは、できる限り使わないようにしよう、ということ。

もう一つは、この本で「カネを積まれても使いたくない日本語」に認定されている言葉を平気で使っている政治家、官僚、学者、組織の上層部、リーダーとかいわれている人たち、こういう人たちを、「思考停止した人たち」「知性のない人たち」とみなす、ということ。

若者は大人の鏡だ、ということを、肝に銘じておいた方がよい。

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