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八甲田山

書くことが思い浮かばないので、映画の話を。

映画「八甲田山」の高倉健は、やはりかっこいいなあ。

上層部が、八甲田の雪中行軍という無謀な提案(命令ではない)をする。

上層部に振りまわされるのは、現場の指揮官である、弘前歩兵第31連隊の徳島大尉(高倉健)と、青森歩兵第5連隊の神田大尉(北大路欣也)である。

「本当に大変なのは我々ですよ。いちばん大きな貧乏くじだね」

両連隊が雪中行軍を引き受けたあと、徳島が神田に向かって言う言葉である。

このあと、徳島と神田は、お互いの立場や人間性を認め合い、八甲田の雪中行軍を成功させることを約束する。

やむなく雪中行軍を引き受けることになった徳島大尉は、ありとあらゆる可能性を考えて、隊の犠牲を最小限に抑えるための行程案を考えるのである。

提出された行程案に、上層部は難色を示す。これに対して、徳島大尉が反論する。

「なぜ、このような行程案になったのか。それは、連隊長殿の責任であります」

上層部が気まぐれに出したアイデア(弘前から出発する31連隊と、青森から出発する5連隊が、八甲田山中ですれ違うようにしたらどうか、というアイデア)を実現するために、それを最大限に尊重し、かつ、隊の犠牲を最小限にくいとめるために、徳島大尉は知恵を絞ったのである。

徳島大尉は、上層部に対して、姿勢を正したままきっぱりと述べる。

「自分は、旅団司令部で八甲田(の雪中行軍)を安請け合いしたことを、いま、後悔しております。

調査をすればするほど、恐ろしい。

日本海と太平洋の風が直接ぶつかり、冬の山岳としては、これ以上はない最悪の事態です。

おそらく、今後30年、50年、いや、100年たっても、冬の八甲田は頑として人を阻み、通ることを許さないのではないかと思います。

自分は、これまでに何度も、この雪中行軍は辞めるべきだとの意見具申を考えました。

しかし、青森5連隊は、神田大尉を指揮官として、その八甲田に挑む。自分も、八甲田に行かねばなりません」

上層部の提案を無謀なものであるときっぱりと批判しつつ、敬意を表する神田大尉との約束も守らなければならないという苦悩。

自分に言い聞かせるように、上層部に凛然と語るこのセリフは、この映画の中で私が最も好きなセリフである。

このセリフは高倉健が言うから、かっこいいんだろうな。

ところで調べてみたら、映画「八甲田山」(東宝)と、映画「八つ墓村」(松竹)は、同じ1977年に公開されている。ともに脚本は橋本忍である。

「八甲田山」の監督は森谷司郎で、「八つ墓村」の監督は野村芳太郎だが、野村芳太郎は、「八甲田山」の「製作」に名を連ねている。

さらに音楽は、ともに芥川也寸志である。

言ってみれば、この2つの映画は、同じ年に生まれた「二卵性双生児」の映画である。

松竹の「八つ墓村」は当時、、1974年にやはり松竹で製作された「砂の器」と同じスタッフが再び結集して作られた映画、というふれこみだったが、いま見てみると、「砂の器」のテイストに近いのは、「八つ墓村」よりも、むしろ「八甲田山」の方である。

「砂の器」と「八甲田山」の両方に出演する役者も、かなり多い。

だから私の中では、「砂の器」→「八つ墓村」という系譜ではなく、「砂の器」→「八甲田山」という系譜なのである。

まったくわかりにくい話なのだが。

映画「八甲田山」の撮影監督は、日本を代表する撮影監督である木村大作である。木村大作は本来、職人肌の撮影監督だと思うのだが、この人が撮影監督をつとめる映画を見るたびに、本当は「芸術家」に憧れているのではないだろうか、と思えてならない。

これもまた、わかりにくい話である。

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