妄想映画論
「雲がいいんだよねえ」
宮崎駿監督の映画のよさを、妻はこの一言で表現する。
私からすれば、「乗り物」だ。
飛行機、汽車、船、すべてよい。
とくに「風立ちぬ」では、飛行機もよかったが、汽車もよかった。
映画監督は、とくに汽車が好きらしい。
たとえば、山田洋次監督がSLマニアだということはよく知られているが、映画「男はつらいよ」シリーズの中で、線路をバックに役者が芝居をしていると、必ず背景を汽車が通過していく。
あれはつまり、汽車がその場所を通過するタイミングに合わせて、芝居の撮影をしているということである。
大林宣彦監督もそうである。
線路をバックに役者が芝居をしていると、必ず背景に汽車や電車が通過するのである。どんな作品も、例外なくそうである。
そればかりではない。海を背景に芝居していると、背景の海に必ず船が横切るのである。
大林監督もまた、電車や船が通過するタイミングをを計って、芝居の撮影をしているのだ。
映画を撮るときの作法なのかもしれないが、それ以前に、「どうしても画面の中に走っている汽車をおさめたい」という衝動が、そうさせるのであろう。
前回、宮崎駿監督の「風立ちぬ」は、黒澤明監督の「夢」に相当する作品ではないか、と書いた。
そう考える理由のうちのひとつは、主人公の特徴である。
「風立ちぬ」の主人公は、やせぎすでメガネをかけ、飄々としていて、「ギラギラした感じ」が、みじんもない。
あえてそうしたのだろうと思う。声を、本職ではない庵野さんにしたのも、そういうねらいだろう。私はこのねらいは、成功したと思う。
黒澤明の「夢」の主人公である「私」を演じたのは、寺尾聰である。
寺尾聰も、やせぎすで飄々としていて、やはり「ギラギラした感じ」が、みじんもない。
これまでの黒澤作品の主役といえば、三船敏郎とか、仲代達矢とか、とにかく「ギラギラした感じ」の人たちばかりである。
ところがこの作品は、うって変わって、まったく正反対の雰囲気をもつ寺尾聰をキャスティングしたのだ。
それは、「夢」の主人公である「私」が、黒澤明自身であることと、関係しているのではないだろうか?
黒澤明監督自身は、多くのエピソードを読んだり、映像でインタビューを見たりするかぎり、「ギラギラした感じ」の人である。寺尾聰のような雰囲気とは正反対である。
だが、だからこそ、自分とは正反対の雰囲気をもつ寺尾聰を、「自分の理想の姿」として、キャスティングしたのではないか。そう思えてならない。
「風立ちぬ」の場合も、同じである。
宮崎駿監督は、私の印象では、黒澤明監督と同様、「ギラギラした感じの人」である。
自分の分身ともいえる、主人公「堀越二郎」の、あの雰囲気は、監督自身にとっての、理想の自分の姿なのではないだろうか。
どうも私には、黒澤明における寺尾聰、宮崎駿における堀越二郎が、それぞれの監督の「理想の自分像」として登場させているように思えてならないのである。
…ま、ここまでくると、完全に私の妄想だな。
自分と正反対の雰囲気の人に、自分の理想的な姿を見いだそうとする、みたいなことが、心理学的に説明できるのだろうか?誰か心理学に詳しい人、教えてくんないかなあ。
もう少し、妄想を進めていくと。
黒澤明監督に「夢は天才である」というタイトルの本があるように、黒澤監督自身、夢が創造力の源泉である、と思っていたふしがある。
「風立ちぬ」の中でも、主人公の堀越二郎は、頻繁に夢を見る。
そしてその夢が、飛行機を作る原動力になっているのである。
ひょっとして宮崎駿監督は、黒澤明監督の「夢」のような映画を意識して、この映画を作ったのではないだろうか。いや、意識せずとも、これは、一流の芸術家が達する境地なのだろうか。
…ま、ここまでくると、妄想もきわまれり、といったところだな。
さて、また話は飛ぶが。
この記事を書いていく過程で、「黒澤明名言集」みたいなサイトがあることを知った。その中に、黒澤明の言葉として、
「芸術家と呼ばれるよりも、映画の職人と呼ばれたい」
というのがあった。
だが、私の「人間三類型理論」(職人、芸術家、評論家)の分類によれば、黒澤明は、映画の職人ではない。まぎれもない芸術家である。宮崎駿もしかり、である。
黒澤明は、芸術家であるがゆえに職人に憧れているのだろう。そのことがよくわかる言葉である。
こんな言葉もあった。
「どんな人間だってある角度から見れば、そいつは主人公なんでね、すべての人間が」
これもまた、至言である。
舞台上で華やかに立っている人だけではない。舞台裏で戦っている人もまた、主人公なのだ。
もし映画が、そんなまなざしを持っているのだとしたら、私は映画の力を信じたい。
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