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若冲が来てくれたので、行ってきました

9月23日(月)

東京からの帰り、調べてみたら、途中下車すれば、隣県で行われている「若冲が来てくれました」展を1時間ほど見ることができることがわかったので、途中下車して、「若冲」展を見ることにした。おりしも今日は最終日である。

なんとかすべり込みセーフで間に合った。1時間ほど、慌ただしく展示を見た。

よく、「日本人が世界でもっとも情緒豊かな民族だ」みたいなことを言う人がいるけれど、そう言う人のことを、私は信用していない。だって、そもそも若冲の絵の虜になったのは、アメリカ人のプライスさんなのである。

それに、もとはといえば若冲自身も、東洋絵画の影響を受けていたりするわけだし、結局は、芸術家の感性というのは、民族や風土を問わない、ということなのだ。

それでまた思い出した。映画「風立ちぬ」の話(またかよ!しつこいな)。

すでに指摘されていることだが、宮崎駿監督の映画「風立ちぬ」には、印象派のクロード・モネの画風や構図に影響されている場面がある。これは、今回の宮崎作品の特徴でもある。

日本の代名詞のようなアニメーション作家の作品だが、そこには西洋画の印象派の影響が認められるのである。

さて、たびたび引き合いに出している黒澤明監督の映画「夢」にも、「私」が見た夢のひとつに、印象派の画家、ゴッホが登場する。

「私」は、夢の中でゴッホに出会い、やがてゴッホの風景画の中に入りこんでしまう。

ここにもやはり、印象派の影響が認められるのだ。

うーむ。考えれば考えるほど、「風立ちぬ」と「夢」には、共通点が多い。というか、老境に入った芸術家肌の映画監督に、共通する指向性なのだろうか。

…もちろんこれは、芸術的感性や美術史の知識のかけらもない私の、たんなる妄想に過ぎない。

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