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筋を通す生き方

以前にも書いたが、女優の浅丘ルリ子は、「筋を通す女性」を演じさせると、絶品である。

「決して媚びないが、それでいて可愛らしい」

これこそが、浅丘ルリ子の真骨頂である。

彼女の良さが最もよく出たドラマが、木皿泉脚本の「すいか」(日本テレビ、2003年)である。

東京・三軒茶屋の下宿を舞台に、少々風変わりな下宿人の女性たちの、さまざまな日常を描く。

とくにストーリーめいたものはないが、1つ1つのセリフが、じつに素晴らしい。脚本家・木皿泉の代表作である。

この中で浅丘ルリ子は、大学で文化人類学を教える崎谷(さきや)教授を演じている。

私が最もあこがれる教授は、実在の教授ではない。この崎谷教授なのである。

(あと、『マスター・キートン』のユーリー・スコット教授ね)

たとえば、ドラマの第1話にこんな場面がある(シナリオ集を、少し改変)。

大学のゼミ。殺気立った雰囲気。

崎谷教授が立っている。その前で1人の女子学生が、泣きそうに立っている。

崎谷「あなたに、泣いてる時間はあるのですか?」

女子学生「(ウッと耐える)」

崎谷「あなたが、十分に準備をしてこなかったために、いま、まさにみんなの時間を無駄にしているのですよ。この上、あなたが泣き終わるまで、待てと言うつもりですか?」

おずおずと手をあげる男子学生。

崎谷が、「はい」と、男子学生を指す。

男子学生「(立ち上がり、おずおずと)まあ、先生の言うことは、正論やし、判るんやけどぉ、女子やから、しゃーないとちゃうんかな、と」

崎谷「なぜ、女子だと仕方がないんですか?その根拠を説明して下さい」

男子学生「だから一般論として…」

崎谷「どこをもって一般論と主張しているのですか?あなたの言葉に客観性がありますか?ここは、議論の場です。どこからか引っぱってきた、あなたの愚かな偏見を開陳する場所ではありません」

男子学生「おお、こわー」

崎谷「怖い?自分の頭で考えようとしない。自らの手で学問を捨て去ろうとする。そのことの方が、はるかに私を恐怖させます!」

…文字だけでは伝わりにくいが、浅丘ルリ子が啖呵を切ると、もう涙が出るくらい、拍手を送りたくなる。

そう。私が勤める「大学」という場所は、本来こういう場所なのだ!

そのことを忘れてはならない!

だが、筋を通す崎谷教授は、決して厳しいだけの人間ではない。

第3話。

崎谷教授は、大学時代の友人のタマ子が末期ガンであることを知り、お見舞いにかけつける。病院の屋上からは、かつて二人が住んでいた、下宿屋が見えていた。

タマ子「不思議よねえ。ナッちゃん、まだ、あそこに住んでるんだもんね」

崎谷「部屋も同じよ」

タマ子「あのとき、大学の方を選んでたら、私、まだそこにいたのかしら?あの部屋に」

崎谷「もしそうだったら、私は大学に残ることもなく、大学教授なんてバカな仕事にもつかずにすんで、普通に結婚してたのに」

タマ子「ごめんね。押しつけちゃって」

崎谷「そーよ。そっちの方が優秀だったのに。お豆腐屋さんになんか嫁いでしまうんだもん」

タマ子「でも、あの人と豆腐屋やってよかったわよ。大学で研究するのと同じくらい楽しかった」

崎谷「今なら、わかる」

タマ子「お互い、ずいぶん遠くまで来ちゃったわよね。生きてみないとわからないことばっかりだったわ」

崎谷「そうよ。これからだって、何が起こるか」

タマ子「…もし、…生きて帰れたら、うさぎ飼いたいわ」

崎谷「うさぎ?」

タマ子「あんな雲みたいな、ふわふわのウサちゃん」

崎谷「いい歳して、何がウサちゃんよ」

タマ子「あんただって、いい歳して厚化粧じゃない」

崎谷「化粧なんかしてないもん。これが素顔だもん」

タマ子「ウソつけ!」

他愛のない、友人同士の会話である。

病院を出ようとする崎谷教授の後ろから、タマ子の息子が声をかける。

息子「あの、…これ、うちの豆腐です。母が持って帰ってもらえって」

崎谷「ありがとう」

息子「今日は、ありがとうございました。本人も、もうダメだって知ってるみたいで…。最後にどうしても崎谷さんに会いたいって、お袋、ずっと言ってました。本当に、わざわざありがとうございました」

崎谷教授は、何も言うことができず、ただ深々と頭を下げ、病院をあとにする。

木皿泉の描く崎谷教授は、人間に対する共感に溢れている。友人との何気ない会話の中に、それを感じることができる。そこが、最大の魅力なのだ。

さて、最終回。

崎谷教授は、大学を辞め、長年住み慣れた下宿を出て、新天地へと旅立つ。

崎谷教授を見送る、下宿屋の人々。

「先生は、ずっとここで学問を続けるのだと思っていました」

「外に出ないと見えないこともあるのよ。

もちろん、中にいないとわからないこともあるわ。

人はどこでも学べるということを、実感したいの。

何だって、遅すぎることなんてないのよ。私たちは、何でもできるんだから」

こうして、崎谷教授は下宿をあとする。

…ちょっと、思いのほか、長く書きすぎましたな。

ではこのへんで。

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