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たった三つのセンテンス

10月8日(火)

私は最近、「クレーマー」のようになっていて、今日の午後も、いくつかの件で、複数の同僚のところに「クレーム」をつけに行く。

「いくつか」って、いくつもあるの?厄介なやつだなあ。

疲弊して仕事部屋に戻ると、以前一緒に仕事をした、出版社の編集者のKさんから、メールが来ていた。

3年ほど前、中高生を対象にした本を書いた。大手出版社による鳴り物入りの企画だったが、結果は「大コケ」だった。まったく売れなかったのである。

結果、担当の編集者は配置換えになった。たぶん、責任をとらされたのだろうと思う。

自分としてはけっこう自信作だっただけに、かなり落ち込んだ。自分には華がないことを痛感した。

その本の編集担当者からのメールである。何が書いてあるんだろう、とおそるおそる開いてみた。

メールの内容は、次の通りだった。

「国が経営している、日本でいちばん大きな図書館の中に、「子ども図書館」という図書館があります。そこから、我が社に次のような依頼が来ました」

ふむふむ。

「その図書館で来年度、中高生を対象にした「電子展示会」というのを行うそうです。電子展示会というのは、中高生が○○学を学び、楽しむことができるように工夫したコンテンツのことだそうです」

ふむふむ。

「そのコンテンツのなかに、先生(つまり私)が、本の『はじめに』に書かれた、以下の文章を転載することを希望されています」

メールには、私がその本の「はじめに」に書いた三つのセンテンスが、引用されていた。

たった三つのセンテンスである。

「上記の先生の文章が、中高生に対し、○○学を学ぶ意義を簡潔にわかりやすく説くために、たいへん素晴らしいものなので、是非とも許諾をお願いしたいとのことです」

私が書いてるんじゃありませんよ。編集者のKさんがメールで書いた表現そのままです。

つまり、3年前に私が書いた本の「はじめに」の中に書いてある三つのセンテンスを、ホームページに転載したいので、転載を許可してほしいと、出版社に依頼が来たというのである。

あらためて、自分が書いたこの三つのセンテンスを読み返してみるが、別にたいしたことは書いていない。ふつうの文章である。

これをなぜ、転載しようと思ったのか、よくわからない。

驚いたのは、「こんな文章、よく見つけてくれたなあ」ということだった。

たしかに、「はじめに」の文章は、中高生に向けて書いた、私なりの渾身のメッセージであった。だがたぶん、その思いはほとんど伝わらないだろう、と思っていた。

こんな文章、誰も読まないだろうな、と、そのときは思った。この本を手にとった読者でも、ほとんどの人は読み飛ばすだろうな、と。ましてや、まったく売れなかった本である。

ところが少なくとも、その図書館に勤めている、誰かの目にはとまったのだ。

「中高生へのメッセージとして、ホームページに転載したい」と言ってくれたのだ。

もっとも、他の人たちにも、同様の転載依頼を多数送っている可能性があり、私の文章は、そのうちの1つ、ということかもしれない。それにしても、よくまあ見つけてくれたものだ。

Kさんのメールには続きがあった。

「ただし無償での転載を希望されているので、謝礼は発生しません」

ガクッ!

でも転載を断る理由もないので、快諾することにした。

本当に、儲からないなあ。

そんなことは関係ない。私が書いた「たった三つのセンテンス」が、息を吹き返し、再び日の目を見ることになるのだ。

どんな些細なことでも、見てくれている人が、いるのだなあ。

それだけで、元気が出てきた。

最近、私の周りには、「勝ち馬に乗る人」が増えてきているように思えて、「勝ち馬に乗れる人」が期待されるような職場になりつつある。勝ち馬に乗じて、派手なイベントを行ったりする人が、注目される時代である。

それにくらべれば、こんなことは、些細なことである。

しかし私にとっては、何よりも誇らしいことである。だって、いままで日の目を見なかった自分の文章が、ぜんぜん知らない人の目にとまって、その人の心を動かしたんだもん。

「…自慢は終わりましたか?」と、この一部始終を電話で聞いた妻。「そろそろ切りたいんで」

「はい」

(付記)

上の文章を書いたあと、ビールを飲みながら考えた。

…ちょっと待てよ。もしかしたら、文章だけ転載されて、私が書いた文章であることが明記されない可能性もあるぞ!

…ま、いいか。もしそうだとしたら、とことん、ツイてないなあ。

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コメント

はじめに、の最後のあたりでしょうか・・・。おそらくその本であろう本を本棚から引っ張り出して読んどります。

投稿: 江戸川 | 2013年10月14日 (月) 10時38分

その通りです。「はじめに」の最後の段落の、最初の三つのセンテンスです。

投稿: onigawaragonzou | 2013年10月14日 (月) 16時51分

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