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日本一の文化祭

先日の高校のクラス会で話題になっていたのだが、私の母校の高校の文化祭は、いま、「日本一の文化祭」と言われているそうだ。実際、「日本一の文化祭」で検索をかけたら、うちの母校のことが出てくる。

理由は、高校3年生がクラスごとにおこなっている「演劇」である。

この「演劇」が、高校生の「演劇」としては、ビックリするくらいハイレベルの水準らしい。

しかもクラス対抗戦になっていて、最優秀のクラスを決めるから、各クラスは燃えるのだ。

芝居はもちろん、舞台のセットもハンパなく凄いのだという。

「俺らの頃とくらべたら、雲泥の差だな」と、テニス部だったクサカリが言う。

「そうだな」と私。

「なにしろ…俺たち、アッタマ悪かったからなあ」

「そうだよなあ」

だんだん思い出してきた。

高2のときの文化祭で、我がクラスは、8ミリ映画を撮って、上映した。

…といっても、全然たいしたものではない。

「二者面談」というコントで、先生役のサイトウ君が、次々と生徒と面談をして、先生と生徒が「シュールなことを言い合う」、という、何ともつまらなそうな映画である。

セットは教室をそのまま使い、しかもカメラは固定したままで、そこに次から次へと、学生が「二者面談」にやってくる。

次々と「変わった生徒」が教室に入ってきて、先生と生徒が「シュールなこと」を言い合う。言ってみれば、「ショートコント」をつなぎ合わせて、ひとつの映画にしたのである。

私も生徒役で出演した。たしかセリフは、その場で考えたのだと思う。

詳しくは忘れたが、最後に先生役のサイトウ君が私に向かって、「キミ、体格がいいから自衛隊に入らないか?」と言って、「ジャンジャン!」と終わる。

このオチが、全然つまんない。

まあ、ひどい映画だった。客なんか、ほとんど来なかった。

いまから思ったら、なんであんな映画を作ったんだろう?

隣のクラスも8ミリ映画を作って上映した。こちらの方は、長編のラブコメであった。

ダサくて、全然モテない男の子が、ふとしたきっかけで突然クラスでいちばん美人の女の子と話をするようになり、仲良くなっていくが、結局ふられる、というストーリーだったと思う。ま、当時の男子高校生が考えそうな脚本である。

実際、隣のクラスには、ビックリするくらいダサイ男の子と、息をのむくらい美人の女の子がいて、この二人がキャスティングされたのである。

オリジナルの脚本で、かなり手作り感の溢れる映画だったが、当時は見ていて、グッとくる映画だった。お客さんもそこそこ入っていた。

隣の隣のクラスは、8ミリ映画に対抗して、演劇をおこなった。

これがけっこう好評で、文化祭の2日間とも、大入り満員だった。

翌年の文化祭、私たちが3年生のときである。

昨年好評だったこともあり、3年生のクラスの中で、演劇を出し物とするクラスが増えた。

それに対して、8ミリ映画を上映するクラスは、演劇に押され、完全に駆逐されてしまった。

さて、うちのクラスはどうしよう。

「演劇なんて、めんどくせえ」

という意見が大勢を占めて、喫茶店をやることにしたのであった。

「それだったらさあ、BGMはナベサダにしようぜ」

と、なぜか私は、強引に喫茶店のBGMをナベサダにしてしまい、家から持ってきたLPレコードをかけたのであった。

時代を感じるなあ。

さて、演劇を出し物にしたクラスは、昨年にもまして、好評だった。

私たちが卒業して、1,2年たったあとの文化祭には、ついに3年生のクラスが全部、演劇をやるようになっていた。

かくして、高3のクラスが、文化祭で演劇をする、という「伝統」は、形成されていったのである。

それから四半世紀がたって、「日本一の文化祭」となった。

俺たちは、その前夜の世代、ということになる。

「なにしろ…俺たち、アッタマ悪かったからなあ」

というクサカリの発言は、めんどくさがって演劇をやらずに、喫茶店などという安易な出し物に走ってしまったことを、念頭に置いた発言であると思われる。

あのとき、面倒くさがらずに、クラスが一丸となって演劇にとり組んでいたら、少しは人生が変わっただろうか?

高2のときの8ミリ映画も、稚拙だった。いま見たら、とても見られたもんじゃないと思う。

だがしかし、と、オジサンは思う。

オジサンたちが高校生のころ、「アッタマ悪い」ながらも作りあげた8ミリ映画や演劇は、既製の台本ではなく、オリジナルの台本だったのだ。

そのことだけは、誇らせてほしい。

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