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クドい返信、略してクドヘン

先月の半ば、、地元で開催された国際映画祭に合わせて、韓国の女性監督が撮った映画の特集上映会が開かれていたので見に行った、という話は、先日書いた。

ソ連邦時代、居住地のウラジオストックや沿海州から中央アジアに強制移住させられたコリアンたちの受難を追ったドキュメンタリー映画で、上映会には、この映画を撮った監督さんも来ていた。

上映会終了後のトークショーで、不躾にも監督さんに、映画について質問をした。トークショーが終わったあと、次の映画が上映されるまでの休憩時間にも、監督さんとお話しをすることができた。

「先ほどの質問、私もずっと気になっていたんです」と監督さん。日本語がとても堪能である。あとで聞くと、日本に留学されていたとのことだった。

「そうでしたか」と私。

「よかったらこのあと、お話ししませんか」

と言ってくださったのだが、監督さんは、別の人に誘われて、食事に行かれたようだった。

私もそのあと仕事があったので、まあ仕方がないかな、と思った。

さて、それから10日くらいたった日のこと。

その監督さんから、メールが来た。

「終映の後、ゆっくりお話ししたかったのですが、できなくて本当に申し訳ありません。

帰った後も、そのときの先生のご質問(ウズベキスタンのコリアンのアイデンティティ)が頭の中に鮮明に残っています。

そのときできなかった対話を、もしよろしければ、メールでさせて頂いてもよろしいでしょうか」

なんと、そのときお話しできなかったことを気にかけてくれ、わざわざメールをいただいたのである。

てっきり社交辞令かと思っていただけに、思わぬメールに喜んだ。

そして、そのときの私の質問に対して、じつに丁寧に、しかも上手な日本語で、答えていただいたのである。

感激した私は、返事を書いた。

なぜ私は、そのような質問をしたのか、その質問の意図は、どういうところにあったのか、とか、映画を見ての感想などを、事細かに書いた。

それはそれはもう、クドいくらいに、である。

このブログの読者なら、私の文章のクドさについては、もうおわかりであろう。

(いつもの悪い癖で、クドい文章になってしまったな…)

と思いながらも、そのまま送信してしまったが、あれから何の音沙汰もないことを考えると、例によって私のメールのクドさに、相手はすっかり引いてしまったのだろうと確信した。

あるいは、クドクドと書いた文章の中に、カチンと来た内容が含まれていたのかもしれない、とも思った。

(またしくじったな…)

これからいろいろと、韓国の映画について聞ける機会ができるだろうと思っただけに、自分の文章のクドさをのろったのである。

ま、当たり障りのない短い返事を書くよりも、たとえ嫌われたとしても、自分の思いを綴る方を自分で選んでしまったのだから、仕方がない。

私のことだから、これからも同じ失敗を何度もくり返すだろう。

どうもこんにちは。

クドい返信、略して「クドヘン」でおなじみなのは、この私です。

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コメント

拝復
 大変ご無沙汰しております。前回メールを差し上げてから、もうかれこれ3年半も経ってしまいましたが、その間の非礼をどうかお許し下さい。

 先生の長文のメールを頂いて、どうご返事申し上げればいいか考えあぐねておりましたが、脚本と製作資金のめどが立ちまして、ようやく私なりの返事をドキュメンタリー映画の形にまとめる準備ができました。

 そこで突然のお願いで恐縮ですが、ウズベキスタンを旅する主人公役として、ぜひ先生にご出演頂けませんでしょうか。リサーチの際にご著書やブログ記事なども拝読させて頂きまして、複雑なテーマを背負い込むにはぴったりのキャラクターの方と、お見初めした次第です。

 ぜひ、よい返事をお待ちしております。なお、撮影期間は1年半を予定しております。

かしこ

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ほーら、言わんこっちゃない。

クドヘンの返事でクドかれちまった。


お後がよろしいようで

(お囃子)

投稿: 三遊亭こぶぎ | 2013年11月 2日 (土) 12時32分

「クドカン」と「ジミヘン」を合わせたような「クドヘン」という言葉を思いついちゃったので、記事にした次第。タイトルが先に浮かぶパターンですな。

投稿: onigawaragonzou | 2013年11月 2日 (土) 17時41分

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