店妄想
自分に商売っ気がないのは重々承知しているが、やはり少し憧れてしまう。
この稼業を辞めたあとは、喫茶店を開きたい、と、このブログで何度も書いてきた。
そんな妄想をしているときが、いちばん楽しいらしい。
単なる現実逃避なのかも知れないが。
どんな喫茶店にするか、アイデアはあるのだが、ここに書くと盗まれそうだから、書かない。
理想のお店を語りあう、というのは、概して楽しいものである。
映画「男はつらいよ 寅次郎純情詩集」には、そんな場面がある。
甥の担任の柳生先生(檀ふみ)のお母さん(京マチ子)に恋をした寅次郎。柳生先生のお母さんは、今はすっかり没落してしまった旧家の「お嬢様」だった。夫と離別し、娘と二人で暮らす「お嬢様」は、長い間病気をしていて、余命幾ばくもないことを、寅次郎やとらや一家は知らなかった。
ある日、娘(檀ふみ)とともに葛飾柴又のとらやを訪れ、夕食をごちそうになった「お嬢様」(京マチ子)は、世間知らずの自分を恥じた。なにしろこの年齢になるまで、自分でお金を稼いだことがないのだ。そして、それぞれが自立して生活しているとらやの人々を見て、うらやましいと思ったのである。
とらや一家は、そんな「お嬢様」を励ますために、今から仕事を始めてはどうか、と提案する。
もちろん、実際にはそんなことは実現するはずもないのだが、その夢物語を語るとらや一家と「お嬢様」は、じつに楽しそうである。
「この近所に、小さいお店を開くなんて、どうだい」タコ社長が提案する。
「あら、お店?」と、「お嬢様」の目が輝く。
「社長、お前、いいとこに気がついたな」と寅次郎。
「御母様、どんなお店にする?」と、娘が、母である「お嬢様」に聞く。
「そうねえ、何屋さんがいいかしら?ねえ、寅さん」
いきなり聞かれて、とまどう寅次郎。
「…まず、だんご屋はダメ。儲からないから。あと、魚屋とか、八百屋とか、ニオイがしたり重たいものを持ったりする仕事、これもダメ。えーっと…あとは…」いい店が思いつかない寅次郎。
「じゃあ、おもちゃ屋さんは?」妹のさくら(倍賞千恵子)が助け船を出す。
「あら、おもちゃ屋さん!いいわねえ」と、「お嬢様」の目がふたたび輝く。
「こんなのはどうです?文房具屋さん」今度はおいちゃん(下条正巳)の提案である。
「それもいいわねえ」
「ダメだダメだ」寅次郎が首を横に振る。
「どうして?」
「ハナを垂らしたガキがですよ、汚ったない手に100円玉握って、『おばちゃん、おくれ』なんて、そんな店ができますか?ダメでしょう?…もっとなんかほかにいい店ないかよ」
「じゃあどんな店がいいんですか」義弟の博(前田吟)が寅次郎に尋ねる。
このあとの寅次郎の「語り」がすばらしい。
「だからたとえばさ。
ひっそりとした裏通り。
しゃれた構えの、こぢんまりとした店。
お湯がチンチンチンチン沸いていて、
火鉢のそばで読書にふけっていると、
忘れたころに、ポツリ、ポツリと客が来る。
これがみんな、上品な、懐(ふところ)豊かな女の客ばかり。
なにやら楽しい話をしているうちに、
いつの間にかスッと品物が売れている。
夕方、豆腐屋のラッパが鳴る頃に店を閉めて、
土曜、日曜、祝祭日、もちろん休みです。
それでほどよくお金が儲かる。
…そんなような店、ないか?おい」
「そんなのあるかしら?ねえ」と、さすがの「お嬢様」も呆れてしまう。
「その店で何を売るんですか?」と、笑いながら聞く博。
「それを考えろって言うんだよ」
結局、どんな店がいいかは、決まらなかった。
さて映画の終盤、病に冒された「お嬢様」は、この世を去ってしまう。
シリーズ中、唯一、マドンナが死んでしまう、という異例の結末である。
悲しい別れのあと、寅次郎は、例によって旅に出る。
柴又駅のホームで電車を待つあいだ、寅次郎とさくらが語り合う。
「なあ、さくら、人の一生なんて、儚いものだなあ。みんなでとらやの茶の間に集まって、ワイワイ騒いで飯食ったのも、ついこのあいだだもんな」
「そうだったわねえ。…あのとき、柳生先生のお母さん、とっても楽しそうだったわね。みんなで一生懸命、お母さんのお店は何屋さんがいいか、考えたりして」
「そうそう!俺、あの時からずっと考えていたんだよ。いい店あったぞ!」
「何屋さん?」
「花屋よ!」
「花屋さん?」
「いいだろう?あの奥さんが花の中に座っていたら、似合うぞ!」
「そうね。とってもいい考えね」
「その…なんだ…仕込みだとか、配達とか、掃除とか、そういう面倒なことはいっさい俺がやるんだよ。で、あの奥さんは、そこに座っていればいいんだ。それで花束を作って、お客さんに『どうもありがとうございました』と、渡してくれりゃあいいんだよ。この店、流行るぞ!」
「あのお母さんに、その話聞かせてあげたかったわね…」
もはやその夢が絶たれたあと、人は本当の理想にようやく気づくのだろうか。
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